悼む人 関連エッセイ

天童荒太さんが、新聞や雑誌などに寄稿したエッセイをこちらでもご覧いただけるように再録いたしました。

思い起こすままに(6)

(2009年3月号 オール讀物)

  中学のときに、祖母が寝たきりになった。

  両親が働いていたから、彼女にはずいぶん世話をしてもらったはずだが、その頃の思い出は多くない。幼かったせいもあるが、彼女が寝たきりになってからの記憶が強過ぎる。

  幼い頃で覚えているのは、彼女はよくアロエを育てていて、ちょっとした火傷など、何かと言えばアロエを塗ってくれたことや、氷砂糖をよく大事そうに懐に入れていたこと。ちり紙で鼻をかんだあと、捨てずにたたんで着物のたもとに戻し、何度も使っていたこと。偏食だった私は、小さい頃よく便秘をして、祖母がポンポンを(腹部のことを、彼女はそう呼んでいた)根気よく撫でてくれたこと。そのくせ、母親も働いていたため、幼稚園の遠足の付き添いが祖母なのが、周りで自分だけだったために恥ずかしくて、いやだったこと。幼稚園で大きいほうを漏らして、家に帰り着いたあと、母と祖母がいやがりもせず後始末をしてくれたときには、子どもながらに申し訳なく思ったし、うれしくもあった。

  坂の上に温泉センターという剣劇芝居も見られるレジャー施設があり、祖母はよく通っていた。ある日、彼女は坂で転び、ひどい怪我を負った。顔面の大きなこぶと擦り傷とを水で冷やす痛ましい姿を覚えている。このあたりで記憶は飛び、次にはもう寝たきりになった彼女が思い浮かぶ。
靴屋をたたんだあと、家族は以前暮らしていた借家に戻り、一階で父が整体の仕事をし、二階が祖母と子どもの部屋となった。ただし長兄はもう他県の大学へ出ており、次兄もじきに就職して会社の寮に入った。私は丸五年間、寝たきりとなった祖母と同じ部屋で過ごすことになった。
(つづく)