悼む人 関連エッセイ

天童荒太さんが、新聞や雑誌などに寄稿したエッセイをこちらでもご覧いただけるように再録いたしました。

思い起こすままに(5)

(2009年3月号 オール讀物)

  自分なりに表現に対する目覚めを探っていくと、小学校高学年以降の映画よりも先に、幼児期からの漫画漬けの日々に行き当たる。

  両親は共働き、祖母も靴屋の店番がある。二人の兄とは年が離れているから、兄二人が一緒に遊びに出て、泣きミソの末っ子は一人残される、ということはよくあった。次兄はそれでもよく遊んでくれたほうだが、一人で過ごす時間はそれ以上に多かった。この時間を埋めたのが、漫画だ。

  貸本の週刊誌、月刊誌、コミックと、いまや巨匠・名匠とうたわれる漫画家たちの、青春時代や脂の乗り切った頃の仕事を、毎日楽しんでいた。

  漫画のつづきを勝手に想像したり、別の展開を考えたりと、妄想の癖もついた。何歳だったか確かな記憶はないが、いまでも印象的なのは、漫画のなかで不幸な目にあった美しい女性を(男にもてあそばれて捨てられた感じだったのを)、自分が救い、幸せにするという妄想を、幼い頭のなかで育てて、楽しんでいたことがある。

  実生活はともかく、表現に関することについては、兄二人がいたせいで、ませていたのだろう。

  テレビ番組では、アトムにオバQにウルトラシリーズ、てなもんやにプロレスと、子どもが好きそうなものはひとまず見ていたが、一方で、加藤剛さんと栗原小巻さんがくっつきそうで、なかなか結婚に至らないというドラマがお気に入りだった。栗原さんや酒井和歌子さんの美しさに憧れ、この二人を相手にした黒沢年男(現・年雄)さん主演の恋愛ドラマも大好きで、主題歌を歌ったピンキーとキラーズのレコードをねだり(いまでも歌える)、ゲゲゲの鬼太郎のレコードをねだると思っていたらしい母親とレコード店の店員さんに、子どもがなんでまた、と呆れられた。そういえば、歌手では青江三奈さんとちあきなおみさんが好きだったし……。
(つづく)