あらすじ

「また二人に会いたい」の声に励まされて

風野真知雄

福島県生まれ。立教大学法学部卒。92年「黒牛と妖怪」で歴史文学賞を受賞しデビュー。2002年 第1回北東文芸賞を受賞。「剣豪写真師・志村悠之介」(新人物往来社)「手ほどき冬馬事件帖」(コスミック出版) 「四十郎化け物始末」(二見文庫・角川文庫)「大江戸定年組」(二見時代小説文庫) 「同心亀無剣之介」(コスミック時代文庫)「耳袋秘帖」(だいわ文庫・文春文庫)「若さま同心徳川竜之助」(双葉文庫)「爺いとひよこの捕物帳」(幻冬舎文庫) 「穴屋佐平次難題始末」(徳間文庫)「妻は、くノ一」(角川文庫)など人気シリーズ多数を執筆。

「本の話」6月号より


───江戸の名奉行根岸肥前守が、町で起きた不思議な事件を解き明かす書き下ろし時代小説文庫の人気シリーズ『耳袋秘帖』に、人気の脇役だった同心の栗田と家臣の坂巻が、いよいよ戻ってきました。

風野『耳袋秘帖』は、椀田と宮尾が活躍する「妖談」シリーズ(文春文庫)を四巻、栗田と坂巻が出てくる「殺人事件」シリーズを十巻刊行しました。おかげさまで、読者の方に愛される作品になりましたが、「殺人事件」シリーズは、急ピッチで書き続けたこともあり、なかなか思うように書けなくなってしまい、二〇〇九年十一月刊の『神楽坂迷い道殺人事件』(だいわ文庫)を出してから、少しお休みをいただいていました。気分を変える意味でも、もっと、怪談テイストを前面に出した、おどろおどろしいものを書いてみたいと思って、今度は、当初から構想していた「妖談」シリーズを始めたのですが、その間も、読者の方から、「栗田と坂巻はどうなったのか?」「二人にまた会いたい」という、うれしいお声も多くいただいておりました。ここに来て、どうにか充電が終わりましたので「殺人事件」シリーズを、再スタートできる運びになりました。

───『耳袋秘帖』は、最初に町で起きた不思議な噂話が、同心たちを経由して根岸の耳に入り、彼が合理的に解決していくという形式を取っています。このミステリー仕立ての面白さが『耳袋秘帖』の特徴で、これまでも交換殺人や暗号、安楽椅子探偵に倒叙と、作品にふんだんにミステリー的要素を盛り込まれてきました。今回の『王子狐火』も、「狐」をキーワードにした殺害予告、そして殺人が起きるという謎に満ちた始まりですね。

風野私の作品を、ミステリーと言ってしまうのは恥ずかしいのですが、不可解な話があって、そこに合理的な解決をつけるという物語の流れは、捕物帖の原型であり、大好きな『半七捕物帳』の影響が大きいと思います。実は、一つの謎を「ああでもない、こうでもない」とこねくり回すというのは、あまり好きではなく、むしろ、一つの謎が解決したら、次から次に、謎が現れてくる。そういう話を書きたいし、読みたいと思っているんです。瞬時に謎を解く根岸というキャラクターも、そういう物語の要請から生まれました。でも、大きな流れの話を書く一方で、一話一話、きっちり解決がつく話を作るのは、けっこう大変なんです。ですから、かき終えた後はいつももっとこうすればよかったという後悔の連続なのですが、今回の『王子狐火殺人事件』の中では、人が犬を噛んだ騒動を書いた「人が犬を」という作品は、会心の一作になりました。