あらすじ

「また二人に会いたい」の声に励まされて

『耳袋』という鉱脈の発見

───奇譚を集めた随筆集『耳袋』を残したことでよく知られる根岸ですが、彼を主役に据えたのは、おそらく風野さんが初めてではないでしょうか。

風野これまでも、平岩弓枝さんの「はやぶさ新八」シリーズ、宮部みゆきさんの『震える岩』などの「霊験お初」シリーズ(ともに講談社文庫)や、ドラマでも、脇役としては、よく取り上げられてきたのですが、主役として書かれたものがいままでなかったのは、私も意外でした。私はこれまで、歴史上の人物では、寺坂吉右衛門や、勝小吉を主人公にしたりと、一度でいいから、何か当ててみたいといろいろと考えていたのですが、これがなかなか当たらない(笑)。だから、『耳袋』という題材を見つけたときは、正直なところ、快哉を叫びました。高齢化社会が進み、だんだんと老人が増えてきた現代で、同世代の老人のヒーローが生まれたら、読者にも受けるのではないか、という考えもありました。

───『耳袋』という随筆を、最初に読まれたときの印象は、いかがでしたか?

風野『耳袋』は、千篇を超える随筆が収録されていて、この豊富な資料があればこれは、何巻でも書くことが出来る、面白いものができるぞという確信がありました。『耳袋』には、噂話、不思議な話がいくつも収録されているのですが、その結末や、解決は、書かれていないものも多い。自分は、資料から緻密に物語を組み立てるのではなく、資料から妄想を膨らませるというタイプなので、そこに作家的イマジネーションを働かせられる余地が大きかった。そこで、『耳袋』の話には、実は、根岸だけが知っている別の真相があり、『耳袋秘帖』と呼ばれる門外不出の覚え書を書いていたという設定を思いつきました。

耳袋とは

南町奉行根岸肥前守鎮衛が、佐渡奉行だった天明期から勘定奉行を経て南町奉行に在任した文化期まで、三十余年にかけて書かれた随筆集。『耳嚢』とも表記される。おもに奇談・雑話といった世間の噂話など聞き書きを集めたもので、全十巻、収録された話は千篇を超える。根岸の生前から、すでに読物として人気があり、写本が作られるほどであったが、後に根岸が、閲覧を禁じたとされている。