MISSION#01 僕が“ミュージシャン”の本を
作る理由。

第二文藝部

篠原 一朗

1978年生まれ。小学生時代をスリランカで暮らし、本好き少年に。大学卒業後、ゼネコン勤務を経て、某出版社に中途入社。念願の文藝編集者となる。2014年10月に文藝春秋に転職し、第二文藝部に配属。現在は第二文藝部統括次長を務める。趣味はめだかと熱帯魚の繁殖。

SEKAI NO OWARI」FukaseさんからのLINE

藤崎彩織さんの『ふたご』は2017年10月に刊行された小説です。彼女のデビュー作であり、第158回直木賞にノミネートされた、僕にとっても思い出深い作品です。藤崎さんの名を耳にしたことがなくとも、4人組バンド「SEKAI NO OWARI」のピアノとライブ演出を担当しているSaoriさんといえば、ご存知のかたも多いかもしれません。「SEKAI NO OWARI」のメンバーとは共通の友人を介して親しくなり、5年くらい前から一緒にお酒を飲んだりする仲でした。著者と編集者ではなく、友人同士だったんです。

ある日、ボーカルのFukaseさんから、「サオリちゃんが文章を書いているんだけど、読んでみてくれませんか」とLINEがきました。これが『ふたご』が生まれるきっかけです。お預かりした原稿は、小説ともエッセイとも言えない、原稿用紙100枚程度の未完成な作品でした。一読し、すぐにこれを本にして世に出したいと思いました。彩織さんは思春期、自分の居場所がなくて、それを追い求めた過去があります。その苦しみと哀しみ、焦燥が痛いほど伝わってくる原稿でした。小説としてかたちになれば、たくさんの「居場所がないひと」を救えると思い、すぐに彩織さんに伝えました。「これを一緒に作品に育てたいです」

ふたご』ができるまで

彩織さんは優れた才能の持ち主ですが、小説の執筆は初めてです。SEKAI NO OWARIの活動で、ただでさえ多忙な日々を送っています。執筆は遅々として進みませんでした。彩織さんは繊細で自信のない方で(笑)、「もう全部捨てちゃいたい」と深夜にLINEがきたことも一度や二度ではありません。そのたびに励ましつつ、「構成をこうしてみませんか?」「この文章の表現をもっと工夫してみましょう。ありきたりになっています」等々、議論を重ねました。書いては直し、書いては直し・・・・・・完成した『ふたご』の本編は320ページありますが、少なくともその倍は書いていただいたはずです。

その間、彩織さんは結婚し、妊娠もされました。SEKAI NO OWARIの活動だけでなく、母親になり、また小説も生み出した。ほんとうに尊敬に値しましたし、自分も伴走者として、のめり込んでいった記憶が蘇ります。

『ふたご』が完成したとき、FukaseさんのLINEから実に2年の月日が経っていました。

編集者としての幅を広げたい

僕は5年前に別の出版社から文藝春秋に転職しました。その5年の間に、RADWIMPSの野田洋次郎さんのエッセイ『ラリルレ論』、クリープハイプの尾崎世界観さんの小説『祐介』、最近ではMr.Childrenの全曲詩集『Your Song』などの編集を担当しました。

そう言うと、ミュージシャンの本ばかり出しているように受け止められてしまうかもしれませんが、本業はあくまでも第二文藝部に所属し、専業作家の方と小説を作ることです。本屋大賞に輝き、映画化された宮下奈都さんの『羊と鋼の森』や、TBS系列「王様のブランチ」の『ブランチBOOK大賞2018』に選ばれ、今年の本屋大賞にもノミネートされている瀬尾まいこさんの『そして、バトンは渡された』なども担当作品です。

僕は父の仕事の関係で、小学1年生から4年生まで、スリランカで暮らしていました。当時スリランカは内戦状態にあり、外出が制限されることも多く、家で本を読むようになりました。星新一さんや椋鳩十さんの小説を好んで読んだ記憶があります。帰国をしてからもずっと本が好きで、大学時代に作家の椎名誠さんの事務所でアルバイトをさせていただいたこともあり、いつか文藝編集者になって小説を作りたいと願うようになりました。いまは30〜40名くらいの専業作家の担当をしています。

念願だった文藝編集者としての仕事も充実しており、また、多忙です。ですから、執筆を本業としないアーティストに会うときに、心に決めていることがあります。「本当に好きな人としか仕事をしない」ということです。アーティストに会うことは会社から命じられている仕事ではありません。単に僕が好きでやっていることです。そもそもミュージシャンって、野生動物のような感性を持つ方が多く、仕事の依頼に行っても、その人がほんとうのファンなのか、ただそう言い繕っているだけなのかはすぐに見抜かれてしまいます。

だから僕は「自分が好きな人」で「この人は書ける!」と確信した人とだけ仕事をします。こんなことを言うと変に思われるかもしれませんが、僕には特技があって、顔を見ればその人に才能があるかが分かるんです(笑)。野田洋次郎さんも尾崎世界観さんも、楽曲を聴いていて、そして顔を見て「この人は書ける!」とすぐに分かりました。

優れたアーティストであっても物を書くのは容易なことではなく、専業作家の方とだけお仕事をしているほうが、負担は少ないのかもしれません。でも、自分はいろんな分野の方と仕事をしたいし、新しい才能を世に送り出したい。それが編集者としての幅を広げてくれると思っています。

新人作家「藤崎彩織」を育てる

ただし僕は、「ミュージシャンの本」を作っているつもりはなく、あくまで「作家の本」を作っています。藤崎彩織さんの『ふたご』のときも、初版こそ帯に「SEKAI NO OWARI」の文字を入れましたが、重版時に外しました。藤崎彩織というひとりの新人作家の作品として、読者に読んでもらいたかったからです。

実際、読者から「SEKAI NO OWARIは聴いたことありませんが、すごく共感し、感動しました」という内容のお手紙をいくつもいただいて嬉しかったですね。『ふたご』は現在まで14万5000部売れています。「セカオワのSaoriの本」としてコアなファンに届けようとしたら、5万部止まりだったんじゃないかと思います。

昨年末には、彩織さんの2冊目の著書となるエッセイ『読書間奏文』を出版しました。彩織さんは既に数多くのファンを持つトップミュージシャンですが、作家としてはまだまだ駆け出しの新人です。作家になったことだけで満足せず、作家であり続けてほしい。そして彩織さんの作品をもっと多くの人に届けたい。「毎年1冊本を出すことを目標にしましょう」とお願いをしているところです。

「好き」を仕事にする

どんな人が文藝編集者に向いているか? ですか。そうですね、「好きな人がたくさんいる人」が有利だと思います。野田さんも尾崎さんも彩織さんもMr.Childrenもそう。自分の好きな人に好きなだけ会いにいけて、その人と一緒に作品を創れる。こんなに面白い仕事はないと思います。いまも何人もの「スーパースター」と会っています。仕事においては恋愛体質なのかもしれません。二股三股もします。ただし、プライベートは寂しくめだかと暮らすだけの日々ですが(笑)。

最後に、転職組だからこそわかる文藝春秋の社風をお話ししますね。入ってすぐに思ったのは「のんびりしていて牧場みたいだなあ」ということ。少なくとも文藝部にはギスギスしたところがなく、それぞれの編集者が淡々と自分の本を作っています。僕は、自分を編集者として育てて下さった方の影響もあり、これまで文藝春秋が付き合いのなかった著者と積極的に仕事をしたいと思っています。若者に人気のアーティストの企画を出して、上司の顔に「?」マークが浮かんでいたことも少なくありません。編集者としてその情報感度はどうかという思いを抱きつつも(笑)、入社以来5年、出した企画はすべて通っています。もちろん商業出版ですから、きちんと利益の出る企画を出している自負はありますが、NOと言われたことがない。たくさんの「好き」がある人には楽しい職場だと思っています。