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妙子、消沈す。<解答篇>竹本健治
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  「じゃ、まず、二万ヘルツ」
  侑平が画面のボタンをクリックしたが、何も聞こえない。
「これは僕にも全然聞こえないな」
「あたしも」
「では、次に一万八千五百ヘルツ」と、クリック。
「あ、聞こえる。凄く高い音!」光瑠が嬉しそうな声をあげる。
「そう? 僕は聞こえないよ。ショックだなあ」
  もちろん、妙子には全然だ。
「では、いよいよ一万七千ヘルツ」と、クリック。
「ああ、聞こえる聞こえる。よかったあ。うん。公園で流れてたのもこんな感じの音だったよ」
  公園で何も聞こえなかった妙子には、やはりさっぱりだ。
「次は一万五千五百ヘルツ」
  ……聞こえない。
「まだ聞こえませんか? じゃあ、次は一万四千ヘルツ」
  聞こえない! 妙子はひんやりしたものが背中に貼りつくのを感じた。
「ええっと、次は一万二千五百ヘルツ」
  侑平の声も恐る恐るという感じになったが、やっぱり何も聞こえないので、妙子は眼の前が真っ白になりそうだった。
「……一万千ヘルツ」
  やっと聞こえた! 妙子が肩をすくめてみせると、二人も心底ほっとした様子だった。いっぽう、キララはそんな空気にピンときていないらしく、
「一万二千ヘルツあたりから上は、聞こえなくても普通の日常生活には全く差し支えないそうですぅ」
  ケロリとした顔でそう言った。
  けれども、そんなことで慰めにはならない。表面上は懸命に平静を装いつつも、妙子はショックだった。老眼だけでなく、眼に見えないこんなところで、こんなにも老化が進んでいたかと思うと、気が滅入ること夥しい。まさにダブルパンチ――いや、ショックのまるまる二乗だ。
  このどん底の気分は当分尾を曳くに違いない。あーあ。やれやれ。本当にヤレヤレという言葉しか浮かんでこない。いっそ、この気分を追い払うためにも、やっぱりお見合いのひとつもしてみるべきかしらね。――妙子はあれほど鬱陶しく思っていたのに、そんなことを考えている自分自身が不思議だった。

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