『ダブル・ファンタジー』を超える衝撃の官能の世界

『花酔ひ』

恋ではない、 愛ではなおさらない もっと身勝手で、 もっと純粋な、何か

村山由佳

『放蕩記』に登場する母親は、異常なほどの厳しさと激情で、 娘を〈神〉のごとく支配する。実際の村山さんにとっても、 母の躾はほとんど宗教上の禁忌のように深く食いこんだ。

 最初にきちんと物語を完結させることができたのは、高一のときですね。少し書いて友だちに読ませたら、「もっと書いて」と言ってくれて、そのうち学年を超えて回し読みされるようになった。放課後になるとまた私のところにノートが戻ってきて、「早く続きを」と頼まれるので、嬉しくて勉強なんてそっちのけで書くわけです。それが続くうちに、読者のためにきちんと物語を完結させられるようになって。

 もちろん、ベースは恋愛ものです。男女の行為もしっかり描写していました。男性経験なんてまったくないくせに、女の子相手に実践した体験とか、本から得た知識をもとにして、頑張って背伸びして書いていましたね。いま読むと、ある意味、けなげで笑っちゃうくらい。

 小学生の頃に例の資材置き場で勉強して以来、知識欲はどんどん募るばかりでした。とにかく好奇心の塊でしたから、親の本棚は隅から隅まで、そういう場面が出てこないかと期待して読み漁りました。結果として、大人の小説を読む基礎的な読解力がずいぶん早くから身に付きましたよね(笑)。それから、兄の部屋に忍び込んで、本宮ひろ志さんの『俺の空』などの漫画でさらに開眼して、小説だと図書館のハーレクイン・ロマンスを熟読。でもハーレクインって男女の場面が生ぬるいので、次は描写の過激なシークレットロマンス系に手を伸ばして……。学校帰りに通る駅に、ものすごく高齢のおばあちゃんが店番をしている本屋さんがあったので、やがてそこを狙って、『O嬢の物語』とか、『ソドム百二十日』とか、ときにはフランス書院の文庫とかを、参考書の間にはさんでドキドキしながら買うようになりました。ここまで来るとようやく黒帯、みたいな(笑)。当時はインターネットもなくて、紙の資料で知識を仕入れるしかなかったんですよ。

 高校時代、そちら方面で最も愛読していた作家というと、勝目梓さんでした。大藪春彦さんまでいくと暴力的セックスシーンが痛すぎて、ちょっとついていけなかった。勝目さんの小説は決して性愛の場面ばかりじゃないんです。それに『O嬢』なんかは舞台も外国で、もうひとつ入り込めないところがありましたが、勝目さんの官能描写は、日本の風土にあっているというか。男性主人公の造型も通り一遍ではなく、情けなかったり、女性に対して屈折していたりして、読んだ後に必ず胸に残るものがありました。

 あと、私が中高生の頃は「JUNE」という小説誌がサブカル的に流行ったんです。いまで言う「BL」の草分け。「JUNE」系の金字塔とも言える栗本薫さんの『真夜中の天使』はすごかったですよ。男どうしの愛を、今風のあっけらかんとしたものではなく、もっと湿った文学的なタッチで描いています。ノワールな感じが素敵でした。

 もちろん私も影響を受けまして、BLっぽいものもずいぶん書きました。大好きな西部劇をベースに、むくつけき男どもが昼間は銃をぶっ放し、夜は……みたいな話。こう話すとコメディみたいですが、シリアスです(笑)。学校内に同好の仲間もいて、一時、同人誌をつくったりしてたんですが、間違いなく私の書くものがいちばんエロティックでしたね。

オール讀物2012年4月号表紙

このインタビューが掲載されている「オール讀物」

エロスの小宇宙! 短篇小説百花繚乱

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