悪の教典 Lesson of evil

貴志祐介

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著者インタビュー

蓮実聖司は矯正可能だったか

――感情が育ちすぎて、論理と齟齬をきたすわけですか?

貴志 論理の上部に意思が置かれているわけなんですね。蓮実は論理や感情を完全に意思の力でコントロールしていたつもりで、つまり意思は人工的な感情に「おまえはこういうときに、どういうふうにリアクションするか、それを教えてくれるだけでいいよ。あとは黙ってなさい」とレファランスの役割だけを期待していたんです。でも、やはりそれでは収まらなくなってくる。疑似的な感情であったとしても、そこには首尾一貫したものがあって、こんなことはしてほしくない、こういうふうにしたいという情動が生じているのに、常に叶えられない――そうするといつか心は反乱を起こすわけです。

――あの二つの出来事は、蓮実のうちに生まれた人工の心の反乱だった。

貴志 相手を殺そうとする最後の瞬間に意思を裏切ろうとしたわけです。ただ、力がまだ足りなかった。もっと力があれば、あの殺戮を止めることもできたかもしれないんですが、そこまではいかなかった。

――蓮実に矯正可能なタイミングはあったんでしょうか。

貴志 矯正という言葉の定義によりますね。普通の人間にするのは無理でしょう。元から欠落したものがありますから。けれども、ひょっとしたら条件さえ整えば平穏な人生を送るように誘導することはできたかもしれない、と思いますね。だけど、それにはまず蓮実の超自我に当たるような、蓮実がやっていることをすべて見通せて、蓮実よりも頭のいい、しかもちゃんと常識も感情もある人物、そういう人がメンターになって、チューターになって導く必要があります。そしてとにかく「殺してはだめだ。絶対に人を殺してはいけない」と繰り返し繰り返し、理屈として教えこまなければ駄目です。社会はこういうルールに基づいているんだ、ということを教えつづける人物が必要ですね。幸か不幸か、蓮実はものすごく頭がよかったために誰も彼を導けなかったんですよね。そもそも導く前にまず本質を理解しないといけないんですけど、それがまず至難の業ですよね。

――少しでも正体を見破ったら殺されてしまう。憂美は彼の欠落を理解していることを本人に伝えていますが、殺されなかった。今のお話だと、彼女は一種の学習障害をもって社会的な弱者だったために流れを変えることはできなかった、ということでしょうか。

貴志 憂美は決して強者ではないんですが、蓮実に欠落しているものをそっくり持っていたわけです。その意味で、蓮実は自らの欠落を埋めようとして彼女との関係を切らなかったんでしょうね。自分ではあくまでもプラグマティストですから、戦略のため、感情について学ぼうと思っただけだと思っているかもしれませんが、でも彼がどう考えようと実際は欠落を埋め、全き存在になりたかったという願いが、蓮実の無意識の中にはあったはずなんですよ。