悪の教典　Lesson of evil

――蓮実が、憂実と出会ったぐらいの十代のころが、転機となりうる瞬間だったわけですか。

貴志　それも方向転換をするひとつの転機ではあったかもしれないですね。おそらく、あのまま行くと、蓮実は石田憂美をいつまでも殺せなかったと思うんです。あと彼女の能力の高さ低さは、本質的にはそんなに彼に影響はなかったんじゃないかとも思います。ずっと憂美が生きてたら、蓮実はたぶん違っただろう、彼女が生きているだけで、少しはいい方向にいったはずではないか。ところが、彼女自身が非常に不幸な死を遂げてしまって、ますます蓮実は力の論理、復讐めいた殺人を正当化させる方向に行ってしまったわけですね。
　　 ただ、大村を殺したことを、蓮実は復讐だとは思っていないんです。あくまで自分では意識的な実験だと考えている。なぜ自分が石田憂美を殺せなかったのかわからないから、試しに憂美の自殺の原因を作った工員を殺したと蓮実は筋立てするわけですが、誰が見ても復讐ですよね。

――蓮実本人には、復讐だという意識がないんですか。

貴志　ないんです。サイコパスの復讐心は強烈ですが、人のために復讐するということは非常に少ないですね。