いま、アジアのミステリーに何が起きているのか 島田荘司

台湾の新賞がもたらすもの

このように創作発想を修正し、21世紀の奥深くにまでこの文学を延命させる準備が整ったとした日本の提案に、最もよく応えはじめているのが、台湾を中心とした華文文化圏の才たちである。新世紀、日本に裁判員制度も発足し、この文学本来の意味合いを日本人も獲得した。そして悪しき戦時の記憶を忘れ、アジアがひとつにまとまろうとする時代とも行き会って、新たな解釈を得たこの新ジャンルは、台湾を核として、民族を超えた好ましい創作課題をアジア人に共有させつつある。

その一方でアジアには、日本の提案とはまったく無縁に、英米の影響のみで探偵小説を発展させてきた地域もある。英国から地球を東方向に廻ったインドである。今ようやく探偵小説は、こうした東西方向からの旅を終え、再会の前夜に立った。

そんな時、台北(タイペイ)に現れた島田荘司推理小説賞は、受賞作品を台湾、中国、タイランド、日本の四カ国で翻訳刊行するが、今後発展が得られる幸運があるなら、刊行地域を広げることも目標としている。ジョン万次郎アメリカ上陸の年、アメリカから発信されたこの新文学は、21世紀、万次郎の国から台北を経由し、アジア全域に向けて新たな信号を送り出すかたちになった。

マーケットが大きくないこともあり、台湾の当賞は、応募者間に、日本では見られないジャンルの飛び越しが起こっている。幻想小説とSFジャンルとの垣根がたやすく壊され、本格ミステリーの中庭で合流する。十九世紀にモルグ街で起こった出来事が、東洋のこの地ではたやすく再現され、新賞の刺激によって、英米流でない傑作がたちまち筆者の眼前に生れ落ちた。

事前のもくろみ通り、こうした最新の「モルグ街」を第一回目の受賞作として選ぶことができ、新世紀のアジアに出現した当賞は、本格ルネサンスの第一歩を踏み出した。(オール讀物2009年11月号より)

<<前へ冒頭へ戻る >>

『虚擬街頭漂流記』(きょぎがいとうひょうりゅうき) /寵物先生(ミスターぺッツ)ページトップへ