いま、アジアのミステリーに何が起きているのか 島田荘司

探偵小説の後継者たち

米国人、エドガー・アラン・ポーが、グレアムズ・マガジンに「モルグ街の殺人事件」を発表した1841年は、奇しくも日本近海で遭難したジョン万次郎が、アメリカの捕鯨船、ジョン・ハウランド号に救助され、アメリカ上陸を果たした年である。

万次郎はマサチューセッツ州のニューベッドフォードに上陸し、のちに頭角を現して帰国、引きこもりの小船、日本島を世界に船出させることに力を尽くすが、同じマサチューセッツ州ボストンで生まれていたポーは、この時にはフィラデルフィアにいて、「探偵小説」を世界に船出させていた。

ポーのこの新文学は、最新科学の情報を採り入れることで、殺人事件の追及を高度な論理思索にまで高める。そしてそれまで盛んであった幽霊描写を科学的に解体、リアルに説明する創作を提案するが、この精神はコナン・ドイルという英国人に引き継がれ、シャーロック・ホームズを生み出して、彼の活躍譚を聖書並みのベストセラーにした。

同じく英国人のアガサ・クリスティーが、この文学を女性たちの間にも広め、続いて再びアメリカ人のヴァンダインが、この小説群の魅力を質的に解析、傑作出現の確率を高める創作上の提案を行い、これを受け入れたやはり米国人のエラリー・クイーンが、名作を連発してこの文学の黄金時代を築いた——、前世紀前半までの探偵小説の歩みは、このように把握することができるであろう。

すなわちこの新ジャンルは、主として英米二国の才能たちが競い合うことで成長させてきており、また同時に、同じアングロサクソンの価値ある発明である近代科学警察、スコットランドヤードと、この仕事の結果に公認をあたえ、量刑を行う裁判を、国民が監視するという陪審制度の発生を、この文学が側面から解説書的に支えたという要素も見逃せない。

次へ >>

『虚擬街頭漂流記』(きょぎがいとうひょうりゅうき) /寵物先生(ミスターぺッツ)ページトップへ