おじいさんは、さっきよりもっと照れくさそうに「それで機嫌直したんだ、単純なもんだ」と言った。ぶっきらぼうな口調でも、頬はやわらかくゆるんでいた。

「それから毎年の楽しみになったの、ツバメを見るのが。最初のうちはダンナと店番を交代しながら、五分でも十分でも、仕事の合間を見つけては二人で交互に駅に行って……息子がお店を手伝ってくれるようになってからは、こうやって二人でね……」

あと何年見られるかわからんがな、とおじいさんはボソッと言う。どうやら、このおじいさん、照れれば照れるほどひねくれてしまうタイプのようだ。

そして、「今年で最後、今年が最後なんだから、なんて口だけなのよ」と笑うおばあさんは、きっと、とびきりの頑張り屋さんだったのだろう。

ツバメの餌やりは、また交代した。

それをしおに、わたしはベンチから立ち上がった。

「電車、まだしばらく来ないわよ」

「ええ、いいんです、ウチに帰ります」

「あら、そうなの?」

「息子が風邪ひいちゃったときぐらいは、有給休暇、胸を張って取ります」

ちょっと話が唐突すぎたのか、おばあさんは怪訝そうに「そうよねえ……」と応えるだけだったけど、おじいさんのほうは、それでいいんだ、というふうに大きくうなずいた。

「ありがとうございました」

わたしは二人に笑って声をかけて、改札に向かって歩きだした。

途中で一度だけ振り向いた。これで二人の姿が忽然と消えていたら、ツバメの精に出会ったってことなのかな、と思っていたけど、二人はちゃんと座っていた。二人並んでツバメの巣を眺め、おばあさんが笑顔でなにか話しかけると、おじいさんは、やっぱりムスッとした顔でなにごとか言い返していた。

                 *

あれから二年

わたしは夫と宏樹と三人で、駅のベンチに座ってツバメの巣を眺めている。手作りのお弁当持参去年は恥ずかしかったけど、今年はわりと平気だ。こんなふうにして少しずつオバサンになっていくのかな、という気もしないではないけど、それも悪くないな、と思えるのがうれしい。

五月の最後の日曜日に家族揃ってツバメを見に行くというのを、わが家の決まりにした。最初は「そこまで大げさにしなくてもいいんじゃないか?」とあきれていた夫も、去年見たツバメの家族がよほどかわいかったのだろう、今年は四月頃から毎日会社帰りにホームの端まで行って、ツバメの巣のチェックを欠かさない。「巣がだいぶできてきたぞ」「そろそろ卵産みそうだぞ」「ヒナ、五羽だった」……なんて、いちいち報告してくれなくても、わたしだって毎日チェックしてるんだから。

とにかく今日は来年からもずっと、この日はわが家のツバメ記念日。育児と仕事の両立は大変だけど、夫婦で力を合わせてがんばろうよ、と誓った、とても大切な日。宏樹がいつか付き合ってくれなくなっても、できれば夫婦で、ずうっとつづけたい。

そしてそのお手本の二人が、今年もホームに姿を見せた。おととしと去年は杖をついていたおじいさんは、今年は車椅子になってしまったけど、まだまだ元気だ。車椅子を押すおばあさんが先にわたしたちに気づいて笑って手を振っても、おじいさんは照れてそっぽを向く。そんな夫婦になれたらいい、わたしたちも、いつかは。

ツバメが空を滑る。巣では五羽のヒナがピーピー鳴きながら餌をねだる。今年のツバメ記念日も、快晴で、よかった。