梅田望夫は最高にクレバーでクレイジーな執筆者だ。なにしろ扱う情報量が常軌を逸していた。通常、ある本をつくるときに著者と共有する基礎資料は、本数冊だったり、せいぜい段ボール一、二箱分くらいの紙の山だったりする。物理的な制約がまあこんなもんだよねという、量を決める。
ところがウェブの情報量に際限はない。梅田さんは昼夜を問わず長年温めてきた名言から最新のビジョナリーの知見まで、論文や記事やインタビューの抜粋などをすさまじい勢いでアップしはじめた。しかも、そのほとんどは英文である。さらにその名言に対する知見や思考のフックとなるビジョンが日々書き加えられていく。
それらに日々目を通しフィードバックするのは、相当ハードで、でも楽しい作業になった。
「政治的になるな、データを使え」―― グーグル副社長マリッサ・メイヤー
「完全な命令がほしければ、海兵隊へゆけ」―― エリック・シュミット
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▲梅田望夫氏 |
こんなクールで気の利いたフレーズを含んだ文章が日々アップされては、採用すべきか否か、どういう流れでこの言葉を扱うべきかを注意深く検討していったわけだ。その膨大な情報の交通整理を手助けするのが編集サイドの仕事だった。
しかし梅田さんのあまりにクレバーでマルチタスクな情報処理能力ゆえに、一度決めた構成も毎週のように変更される。まるでニューロンが次々と新しいネットワークをつくって複雑に絡み合っていく感じだ。そのあまりにクレイジーな増殖っぷりに、腕利きのライターさんもある時ついに悲鳴をあげた。
「とにかくこれじゃ、いつまで経ってもきりがないわよ!」
ウェブ上の作業と平行して、来日のたびにディスカッションを重ねていった。梅田さんの話を目の前で聞くのはとりわけ愉快な体験だった。人生の転機となった名言やシリコンバレー屈指のビジョナリーたちとの出会いについて、心から楽しそうに話すのだ。
本プロジェクトにおいて、フェイス・トゥー・フェイスで対話をする時間はきわめて重要な意味をもった。対面してこそ、その言葉の熱において、何を一番伝えたいのか、著者の本質的な思考が浮き彫りになったからである。その生きた言葉が、ともすると収拾がつかなくほどの膨大な情報の中から真に必要なものを抽出し、明晰な流れをつくる道筋となった。
その作業はおおよそ一年にわたって続けられた。幾度とない構成の練り直しの末にようやく光は見え、アントレプレナーシップ、チーム力、技術者の眼、グーグリネス、大人の流儀という5つの定理が固まった。 |
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