イントロダクション

 近年、精力的な執筆活動で充実の一途を辿る伊集院さんの新刊『星月夜』は、著者がその30年に及ぶ作家としてのキャリアで初めて挑む推理小説です。行間から刑事の息遣いが聞こえてくるような臨場感と、人々の切なる思いが滲む、美しい情景の数々。松本清張さんに代表されるような、昭和30、40年代の社会派推理小説の流れを汲みつつ、高い文学性を湛えた傑作がここに誕生しました。

「2010年に60歳になってから、これからはジャンルを限定せず、どんな新しい分野の小説でも挑んでいこう、と心に決めていました。
 推理小説を書こうと思いたったのも、その姿勢の中から生まれたものです。もともと推理小説は、自分が旅に出るときに持っていき、旅の楽しみの一つとしていました。特に海外ミステリの名作や、日本の比較的古い推理小説を好んで読んできました。ただこれまでは、書き手ではなく、単なる一読者でしかありませんでした。そこから一歩前に踏み出して、 『自分が読みたいと思うような推理小説を書いてみたら、一体どんな形になるんだろう』と考えるようになったのが、今回の作品へとつながっています。
 推理小説というジャンルには、ある定型、約束事があるように思えます。たとえば、誰かが殺され、刑事や探偵などが必死で犯人を追いかけ、徐々に手がかりを見つけ、といったような……。そういった決め事は、まず一歩目は敢えて守ってみました。小説ですから、真っ当な定型はないのでしょうが。
 その一方で、自分がこれまでの作品で人間をどう捉え、どう描いてきたか、そのあたりは変えずに書いていこう、とも思っています。つまり、小説のテーマそのものも、これまでとあまり変わっているわけではない、ということです」 <本の話2012年1月号より抜粋>

<著者インタビュー>