女性弁護士 篠崎優 vs 刑事総務課 大友鉄

アナザーフェイスシリーズ第二弾

あらすじ

妻を三年前に交通事故で亡くし、町田で小学二年生の息子・優斗と二人暮らしをする刑事総務課勤務の大友鉄は、同期の柴のたっての依頼でやむなく出席したOLとの合コンの最中に、上司の福原から連絡を受ける。
本の町・神田神保町で、資産家の夫婦が殺され、その住居に放火、金品が盗まれる強盗放火殺人事件が発生し、容疑者に大型スポーツ用品店「シブタニスポーツ」店主の渋谷博己が浮上する。だが、連日の任意取調中に宿泊中のホテルで渋谷は服毒自殺をしてしまう。その翌日、真犯人を名乗る渋谷の幼馴染みである女性弁護士・篠崎優が出頭して混乱する特捜本部に、大友も加わるようにという内容だった。元上司である福原の命令には逆らえない大友は、気乗りのしなかった合コンを切り上げ、特別捜査本部のある神田署へと急行するが……。
元演劇俳優の経歴、そして刑事らしからぬ風貌と性格を持ち、育児のため自らの意思で一線から外れた刑事総務課の大友鉄が活躍する「アナザーフェイス」シリーズ、待望の第二弾。

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著者インタビュー

デビュー十周年にむけて新機軸の警察小説

――今回の『アナザーフェイス』では、銀行員の息子が誘拐され、その身代金受け渡しが、五万人の東京ドームコンサートのなかで行われるという壮大な事件から、物語が始まります。この意外な受け渡し場所と大胆な手口に、まず驚かされました。

堂場

誘拐事件で身代金の受け渡しは、普通、人目につかないところで実行することが多い。ただ、人ごみにまぎれてしまえば、五万人のなかから一人抽出するのは、非常に困難なはず。たとえるなら、木を森に隠すような感覚でしょうか。

――たしかに、五万人を危険にさらすケースはあっても、五万人を利用してそのなかで犯罪を行うというのは、珍しいですね。堂場さんというと、これまで、眠れない書店員が続出した「刑事・鳴沢了」シリーズや、最近、連続ドラマ化された「警視庁失踪課」シリーズ(ともに中公文庫)など、警察小説の旗手として知られていますが、今回の作品は、特に異色の警察小説とうかがっています。

堂場

今回は、事件もキャラクターも含め、新機軸(笑)。タイトルがカタカナの警察小説も自分としては初めてですし、意識的に物語の構成なども変えています。展開がこれほど速いのは、自分の作品では珍しい。冒頭から事件が発生して、一気に物語がトップギアに入ります。

――その主人公の大友は、妻を亡くして育児のため、捜査一課から、刑事総務課へ異動を申し出た一児の父という、刑事としては、少し変わった設定ですね。

堂場

今までは二十四時間、刑事という人間ばかりを描いてきたんですが、決して、刑事がそういう人たちばかりではないわけで、もうちょっと生活感があって、一般社会人としての良識がある人を書いてみたかったんです。やっぱり、百パーセント刑事という奴ばかり書いていると疲れるんで(笑)。小説で、人物造形していくときに、極端な話、半分の人に嫌われても、半分の人が好きになってくれれば、そのキャラクターは成立すると思っているんですが、今回は、その枠をもっと広げてみたらどうなるだろうと思ったんです。

――大友は、刑事総務課所属にもかかわらず、捜査一課時代の元上司である福原の指示で、特捜本部に強引に組み入れられるわけですが、なぜ、福原は大友を事件に巻き込むんでしょうか。

堂場

彼の柔軟な能力、カメレオン的能力を評価しているからでしょうね。だから、大友は「二つの顔」ではなくて、いくつもの「別の顔」を持っているとも言えます。

――すると「アナザーフェイス」とは、大友のことですね。

堂場

はい。大友の父親としての顔、刑事としての顔。あと、物事にはだいたい別の顔があって、今回の事件でも、皆が気づかなかったところを大友だけが見抜くという意味をこめています。今回は大仕掛けな事件になったわけですが、今後も、捜査一課の正攻法ではすこし解決しづらいようなへんな事件、デリケートな事件が、彼の元に持ち込まれる。そのたびに、福原にひっぱりだされることになると思います。

――大友は、クレーム対応も被害者家族の対応もまったく無難にこなす、刑事とは思えない当たりの柔らかい人ですね。

堂場

奥さんはいないんですが、今までの私のアプローチであれば、妻の不在がなんらかのトラウマとして物語にかかわってくる。でも、大友はそこは諦めがついている。なにがあってもほぼ変わらないフラットな人物。空気が読めない人間のなかで、状況に応じて変えられる。あと、現在、進行しているシリーズの「警視庁失踪課」は、いわゆるチームものですし、『交錯』のシリーズ(「警視庁追跡捜査係」シリーズ ハルキ文庫)は、バディ(二人組)ものですから、二人の異なるキャラクターを等分に描いて、その関係性に光を当てている。それらとはまた違った、一人で動くけど一匹狼や不良警官ではない、今までにない、刑事らしくない刑事を描いてみたかった。

――そういうところも、堂場さんのなかではチャレンジに満ちた作品であるということですね。

堂場

今回は、主人公に濃いキャラクターを期待されると、すこし違うかもしれません。ただ、キャラクターとしては、つまらない奴にならないよう気をつけています。正直なところ、小説的には難しいキャラクターに設定してしまったのではないかと少し危惧しているんですが(笑)。

――とはいえ冒頭の、働き盛りの男性警察官が昼休みに食堂でスーパーのちらしをチェックし、献立を考えているシーンは、かなり印象的ですが……。

堂場

私も普段していますけど(笑)。自分も料理が好きなので、小説のなかでもよく取り入れるんですが、いままでだと、趣味的な料理が多かった。でも今回は、とくにレシピが一般的というか、子どもと食べるための料理ですね。そういうところにも大友という人物が出ているかも。

――これまで、主人公の同僚にも魅力的なキャラクターを描かれていますが、主人公の家族が、これだけ日常的に前面に出てくるのは珍しいですね。特に、「お婆ちゃん」と呼ぶと機嫌が悪くなる聖子さんも印象的です。また、息子の優斗くんも、素直でかわいらしい子ですね。

堂場

聖子さんに関しては、警察の同僚ではないキャラクターで、これだけ特徴的なキャラクターを出したのは初めて。優斗は、これから反抗期を迎えたり難しい時期にさしかかっていくでしょう。今後は、優斗が全面的にかかわる事件も書いていきたいし、聖子さんとの距離感も、徐々に変化していく。事件がきっかけで、大友の価値観や、親子の関係性が変わってくるという話も考えたいと思っています。毎回、聖子さんは見合いの話を持ってくるでしょうし、そのあたりの女性関係も今後、楽しみにしてほしいと思っています(笑)。

――仕事のほうでは、捜査一課時代の元上司である福原という、若干おせっかいな理解者もいますね。

堂場

職場や、前の捜査一課の連中からすると、育児のために仕事を半分下りた大友という存在を、腫れ物扱いしてしまったり、少し醒めた目で見ていると思います。その上、警察という男性社会のなかでは、まだまだ、男性の子育てについての理解がない。このままだと、家庭の事情で、優秀な刑事が埋没して終わるかもしれない。そういう大友の置かれた非常に特殊な立場に目をかける上司が一人いるだけで、大友にも可能性が残る。福原については、そういう事情を理解してくれる理想の上司を描いてみたかった。

――どちらかというと、大友が今、置かれている環境というのは、ワーキングマザーが常日ごろ抱えている問題に近いかもしれませんね。

堂場

シングルマザーはマスコミで話題になることが結構ありますが、シングルファーザーが話題になるのは、非常に珍しい。でも、実際にはたくさんいらっしゃるわけですよ。ただ、実際は、もっと育児は大変ですよという人もいると思う。そうなると謝るしかないんですが(笑)。そういう点も含めて、いままでとは毛色の違う作品なだけに、どういう読まれ方をするのか、批判も含めこれからが楽しみです。

――福原だけでなく、同期の柴も、義母の聖子さんも、それぞれのやり方で、大友のことを心配しているようですね。やたらと見合いを勧めたり(笑)。

堂場

それは、大友の持つ生来の人懐っこさのようなものが、出ているのかもしれませんね。そこにも、彼の能力の一つが表出しているわけです。基本的には、みな、大友に優しい。自分の小説は、組織の対立構造の狭間に入り込んで抜け出せないといったものとは違って、組織に甘いところがあるんですが、それは、身内に甘いとされる警察という組織への皮肉もこめている。身内への甘さは、度を越せば不祥事につながるので。

――堂場さんの警察小説は、構図として一般化された組織と個の対立にとどまらず、もう一歩踏み込んでいますね。

堂場

それは、会社と会社員も同じで、お互いに寄りかかりながらも、上司や会社を全面的に信用しているかというと、決してそうではない。私自身、会社員をしながら執筆していることもあると思うのですが、その感覚が作品に染み出してきているのかもしれませんね。働いていれば、イヤなこともあれば、いいこともあるというのは、ほとんどの人が持っている感覚だと思うんですが、警察小説の場合、普通の人が知りえない特殊な仕事なだけに、妄想をかきたてる(笑)。

――堂場さんは、たびたび「妄想」がキーワードとして出てきますね。執筆上でもまず、妄想から入るそうですが、イメージとしては体育会系のイメージが強いので意外ですが。

堂場

体育会系妄想派ですよ(笑)。三百六十五日妄想、百パーセント妄想です。小説家における一番重要な能力は妄想力だと思ってますから。妄想から立ち上げた嘘を平気で書きつつ、小説的リアリティを常に考えている。矛盾かもしれませんが、自分の中でも相反するところ、せめぎあうところで物語が生まれてくるんです。

――最後に、『アナザーフェイス』の続篇刊行が来春のデビュー十周年に向けて、すでに決まっているとのことですが、次回は、どんな物語になる予定でしょうか。

堂場

今回同様、少しねじれた話で、今までにありそうでなかった状況を作り出したいと思っています。そのなかで、ジョーカーとして投入された大友がどう動いていくのか。『アナザーフェイス』とはまた違った展開の話をお届けしたいと思っています。

本の話 2010年8月号より