おばさんになっていないと言えば、さすがに嘘になる。体型はだいぶふくよかになったし、髪形も変わり、化粧もして、あの頃の面影を探るのなら、むしろ娘たちを見たほうがいい。
それでも、笑うとえくぼができるところや、大きな目をぱちぱちとまばたくのは、あの頃と変わらない。
僕はどうだろう。「杉本くん、変わらんよねえ」と田辺さんに言われて、ちょっとうれしい。「ウチのダンナさん、同い年でも、もうだいぶ髪の毛が薄うなっとるもん」その一言に微妙で複雑な寂しさを感じてしまうのは、なぜだろう。
実家を二世帯住宅に建て替えて住んでいるのだという。町内会の世話役をつとめ、学校のPTAでも役員をして、ママさんバレーでは不動のセッターらしい。「まあ、ちっとも動かんけん不動なんやけどね」と、いかにもおばさんらしいことを言って、えくぼをつくる。えくぼは顔がふっくらしているほうがきれいに出るんだと、この歳になって気づいた。
ほんの数分の立ち話だった。連絡先を交換するわけでもなく、「同窓会でもしたいね」「そうだな」で話は終わり、田辺さんは娘たちのもとへ戻っていった。
それだけだ。ほっとしているのか物足りないのか自分でもよくわからないが、とにかく、それだけだった。
「よし、帰ろう」
洋介の肩を抱いて歩きだす。
公園を出てしばらく歩いたところで、洋介が不意に遠慮がちに、言った。
「ママには……ナイショのほうがいいよね」
「はあ?」
「だって、いまの、ウワキでしょ?」
なに言ってんだよ、しょうがないなあ、違うって、おまえ、まったく、ヘンなことでたらめに覚えてどうするんだよ……。
あせって、あきれた。まいっちゃうなあ、と笑った。田舎も悪くない。息子を子どもの頃のパパに会わせてやるのも、たまにはいいな、と思う。
朝もやはだいぶ晴れてきた。
今朝最初のセミが、電柱で鳴きだした。
*
家に帰ると、朝ごはんのしたくができていた。食卓の真ん中には、ゆうべのうちにおふくろが漬けておいてくれたナスとキュウリのぬか漬けがある。
「ラジオ体操どうだった?」と由美に台所から訊かれた洋介は「おもしろかったよ」と答え、僕を見て、ふふっと笑った。オトコ同士のヒミツだからねとでも言いたいのだろうか。
やれやれ。僕は食卓の前に立ったまま、ナスのぬか漬けをつまみ食いした。
「おいしいの?」
「うまいぞ、おばあちゃんの手作りだからな」
「お漬け物って、ウチで作れるの?」
「あったりまえだよ。食ってみろよ」
指でいいからいいから、と洋介もつまみ食いの共犯にしてやった。
キュウリの端っこをつまんで口に入れた洋介は、「しょっぱーい」と言って、顔をくしゃっと縮めた。
「ぬか漬けのうまさがわからなきゃ一人前のオトコじゃないんだぞ」
僕は二つめのナスに手を伸ばす。まだ汁気の残る浅漬けを、キシキシと奥歯で噛みしめる。野菜の青臭さにぬかの香りが混じったにおいも、ふるさとの夏の朝のにおいだった。