内容紹介

48人の主人公が織りなす春・夏・秋・冬の48の物語。

「ひとの“想い”を信じていなければ、小説は書けない気がする」という著者が描きだした、

普通の人々の小さくて大きな世界がここにあります。

「春」の巻き 12人の主人公たち

オニババ
『オニババと三人の盗賊』

「見張りがいちばんタチが悪いんだよ」

九月になるとすぐ花火のワゴンセールをする、二丁目の城北小学校近くにある馬場文具店のおっかなくて、せっかちな店番のおばあさん。

玲子
『サンマの煙』

「ママはその頃、すごく嫌な子だったんだよ」

小学四年生のとき、父親の左遷で引っ越しした町は港町だった。友だちは要らない――そう決意した転校生の女の子。

ミノル
『風速四十米』

「なに、その歌」「石原裕次郎だよ。映画の主題歌なんだ」

脳梗塞で寝たきりの父と老いた母がふたりきりで暮す故郷に、台風の直撃で不安になった母親に呼び寄せられた男。

大ちゃん
『ヨコヅナ大ちゃん』

ねえ…、ぼくってデブ?」

少年相撲大会で個人戦四連覇を続ける優勝候補だが、気になる女の子に体型をからかわれて意気消沈する小学六年生の男の子。

アキラ
『少しだけ欠けた月』

「アキラ、かげふみしようか」

明日からは、もうお父さんとお母さんが一緒にいることはないんだ――家族三人でレストランに最後の食事に出かけた小学三年生。

僕
『キンモクセイ』

「どこまで昔のことを覚えとるんか知らんけど、懐かしそうな顔して、泣いとった」

認知症の症状が出始めた父を、介護しきれなくなった母と共に妹が引き取ることになった。その引っ越しの日、実家に佇む45歳。

菜穂
『よーい、どん!』

「俺、かけっこは速かったんだ」

夫が降格のうえに子会社に出向という内示を受けた。気晴らしに近くの小学校の運動会に夫とつれだって観にいく主婦。

ツル
『ウイニングボール』

「見つけなきゃなあ、必死のモトを」

居酒屋の常連客と店員で作った連敗続きの草野球チームでサードを守る、将来に迷いを持つ二十七歳のフリーター。

美沙
『おばあちゃんのギンナン』

「でもね、歳をとると、自然と下を向くようになるの」

九十歳で大往生した祖母の13回忌に離婚したての身で帰郷。母と共に法事の席を抜け、思い出のギンナンを拾いにいく女性。

工藤
『秘密基地に午後七時』

「ここ、俺たちの新しい秘密基地にしないか。週に一回くらい集まってさ。仕事の話とか家の話とか抜きにして、ガキに戻って遊ばないか
」

去年の同窓会で再会した小学校の同級生五人と『秘密基地』でキック天下を楽しむ42歳の会社員。

俺
『水飲み鳥、はばたく』

「若い奴らは知らないか、やっぱり」

仕事で大きなミスをした部下をつれて、先方を宥めにゆく45歳の会社員。指定された喫茶店には懐かしい水飲み鳥がいた。

田中さん
『田中さんの休日』

「学校から、ひとつお願いさせてもらっていいですか」

カンニングをした娘の担任から、休日に家族いっしょに外出したら処分なし、といわれ、しぶしぶ出かける45歳働き盛りの父親。