恋に効く パワースポット温泉

著者インタビュー

温泉選びは「問診」と「処方箋」

山崎 鋭いですね(笑)。そこがやっぱり温泉の懐の深さで、この3章立てのストーリーは、結局、無意識のうちに湯治のプロセスを踏襲したものだったと、作りながら気づきました。とはいえこの仕事を続ける中で、女性からは、恋にまつわる温泉指南を求められることがとても多かったんです。わたしは恋愛の達人などからは程遠いのですが(笑)、温泉は自信をもっておすすめすることができます。ただやはり、ひとりひとり「どういうシチュエーションで」「ひとりも含め誰と行きたいか」「一番の目的は何か」などの聞き取りが大事だなと思っています。それによって選ぶ場所が全く違ってくるんです。だからこれまで受けた相談を掘り返し、その回答として温泉地を紹介することにしました。

――「心がかさかさのときは○○」や「倦怠期のふたりは○○」など、「問診」と「処方箋」みたいで面白いですよね。

山崎 妙齢の女性たちには、無意識に魅かれた温泉地によって、自分が今どういう状況なのかが知れてしまうから、「心理テスト」で見抜かれてしまうみたいで、ちょっと怖いとも言われました(笑)。

――しかも、それらの温泉地は、山崎さんの定めた「パワースポット温泉の条件」に適っている訳です。「300年以上の歴史があること」とか「時代のキーパーソンが愛した温泉地」だとか。まあ、その他の条件は本を読んでいただくとして(笑)、この表紙の話もぜひ聞かせて欲しいのですが、一瞬、絵なのかな? とも思ってしまいました。山々に囲まれた景色の中にぽっかりと映っているこの美しいピンク色のハートはすごく神秘的ですよね。

山崎 そうでしょう、ふふふ。このハートは、最後の最後にスケジュールぎりぎりで訪ねた日本一高所の温泉地、みくりが池温泉にある「神様の台所」という意味のミクリガ池の写真なんです。この山は浄土山という山なんですが、日暮れの一瞬だけ、浄土山と雲がピカピカの池に反射してピンクのハートが現れることがあるんですよ。それが見られたら願いが叶うという伝説があったのですが、地元の方曰く、そうは言ってもなかなか見られないよと。これまでわたしも見たことはありませんでした。そんな中で今回、全ての天候的な条件が揃ってはじめて見てしまったんですよ。やっぱりその光景は理屈じゃなく素晴らしく、目にした瞬間「今回の本を貫くテーマにぴったりだ!」と思いました。そして「読者のみなさんにもご利益があるといいなあ」とこの奇跡的な一枚が表紙に採用されることになりました。

「ピンク色」で大勝負

――そんないきさつがあったのですね。ちなみに表紙だけでなく、本文中でも品のあるピンク色が多用されていますね。見本を手にした女性たちを中心に「ピンクの本」と呼ばれて評判を呼んでいるのだとか。

山崎 実はこれは、一か八かの大勝負だったんです。わざわざ「本の話」を読んで下さるのは、きっと熱心な本好きの方々だと思いますので、手前味噌ながら少しマニアックな(?)内幕をお話しさせていただくと、これまで、ガイド本といえばオールカラーというのが常識でした。でも、今回は「恋に効く」と「パワースポット温泉」という複雑な要素を、効果的にスムーズに印象付ける必要がありました。さらにいうなら、単にミーハーな気もちでこのテーマに取り組んだのではなくて、大昔から日本人が愛してきた「湯治」という入浴法の素晴らしさを伝えられるような本にしたいという思いもありました。それで制作チームで色々と検討して、「オールカラーという方法に頼らず、テーマカラーをピンクとグレーに絞って、本の要素を視覚的に印象付けながら、古きよき、古典的な本の感じを再現しよう!」ということになりました。

――スムーズにここまで進んだんですか?

山崎 それが全然でした。制作途中で読者となるような女性たちにプリントアウトしたものを見せたら「これってプリンターの調子がおかしいだけですよね?」とか「今は暫定的に2色なだけで、最終的にはカラーになるんですよね?」とか、挙げ句に「恋に効くと謳っている割に、『恋なんて関係ないわー』なんてお高くとまってる感じで魅力なし!」と散々な言われようでした(苦笑)。「2色のガイド本なんて絶対売れないよ」と、方々(ほうぼう)で忠告されたりもしましたし(笑)。やっぱり失敗したかな……と迷った時期も長く続きました。

――どうやってここまで辿り着いたんでしょうか?

山崎 印刷会社の方々が、オールカラーじゃないガイド本というこれまでにない世界を作ることをとても面白がって、色々と試して、「ピンク」と「グレー」と言っても、濃度によって色のもつ幅がどれだけ出せるのかということを研究して見せて下さったんです。例えば一口にピンクと言っても、本当にうすーいベビーピンクから、さし色になるような赤に近いピンクまで表現できることがわかって、魔法を見ているようでした。こんなに本気でやって下さっているのだから、自分たちも「腹をくくってレトロでかわいい世界観を作り上げよう!」と気を引き締め直し、試行錯誤をくり返して最終的なデザインに辿り着きました。結果的にそれを読者の方々が好意的に受け取って下さって、ほっとしています。

――沢山の方々の協力で出来上がったんですね。

山崎 本当にそう思います。全国の温泉地の方々もそうです。制作の山場はちょうど夏休み時だったので、とても立て込んでいる時期に違いないのに、皆さん本当に快く細かな作業にまでご協力下さって。宣伝のために言うんじゃなくて(笑)。

――若い女性から「渋カワで胸キュン! こんな温泉本は初めて!」と言われたそうですね。

山崎 渋カワってなんだろうと思ったら、渋くてかわいい、という意味らしいです(笑)。一方でご年配の女性からは、「こういう温泉本を待っていたんですよ。主人と一緒に行きたい」という言葉をかけていただけて、本当にうれしかったです。タイトルに恋とあるので、「若い女性に読者を限定してしまうかも」という不安もあったのですが、まさに、「老いも若きも、全ての女性とその愛する人のために」という思いでしたから。温泉に行かれる方はもちろん、そうでない方も、一冊通して湯治効果を感じていただけたら、本当にうれしいです。

Copyright©Bungeishunju Ltd. All rights reserved.