いま、アジアのミステリーに何が起きているのか 島田荘司

島田

台湾版の『虚擬街頭漂流記』は大好評だそうですね。台湾の読者の反応はいかがでしたか?

寵物

ミステリーファンだけでなく、多くの一般読者にも気に入ってもらえたようで、嬉しいですね。父と娘の関わりを描いた点を気に入ってくれる読者が多かったです。母と娘との関係や感情をあまり描かなかったのは読者の想像に任せたかったからなのですが、その点も理解されたようでした。台北に実在する西門町(シーメンテイン)という町についてかなりの文字数を費やしましたが、ここは西門町に思い入れがある人とない人とで、評価が大きくわかれるようです。特に中国の読者からは、「西門町の描写ばかり続くのはなぜだ?」と言われます(笑)。

島田

最終候補三篇の中では『虚擬――』が断然よかったです。単に好みからいっても、本格の将来を展望する理屈から判断しても、傑作だと思いました。物語の最後が冒頭へとつながるアイデアもすばらしかったし。今度出る日本語版は、玉田 誠さんの翻訳文がとても柔らかく、流暢(りゅうちょう)に仕上がっているので期待していてください。

ミステリー作家・寵物先生の履歴書

島田

ミステリー作家に至るまでのあなたの歴史を教えてください。子どもの頃からミステリーは読んでいたんですか?

寵物

台湾の東方出版社から出ていたルパンやホームズのシリーズ、『Yの悲劇』や『アクロイド殺し』などが収録されたミステリー小説シリーズを、小学生の頃から読んでいました。
その後、藤原宰太郎の推理ゲームや謎解きの本を読み、そのネタ元の作品を探しては読んでいました。最初に読んだ日本人の作品は、西村京太郎の『夜行列車(ミッドナイト・トレイン)殺人事件』だったと思います。

島田

ご自分でミステリーを書くきっかけになった作品はありますか?

寵物

台湾大学のミステリー研究会で読んだ、綾辻行人の『十角館の殺人』です。半分ぐらい読んだところで結末の予想ができて、このアイデアなら他にどう展開できるだろうと考えているうちに、自分にも書けるのではないかと思うようになりました。

島田

島田荘司推理小説賞に応募しようと思ったきっかけは?

寵物

当時の台湾推理作家協会の会長、杜鵑窩人(トゥチュアンウォレン)さんから、「創作している者はみんな応募しろ。もし、ひとりも受賞できなかったら、協会員全員丸坊主だ!」と言われたんです(笑)。協会からは私を含めて四人が応募しました。私はずっとヴァーチャストリートの話を温めていて、ちょうど骨組ができた頃だったので、これを書き上げて応募しようと決めました。タイミングもよかったし、今がチャンスだと思ったんです。
受賞が決まった瞬間は嬉しかったですね。これで仕事を辞めようと思いました(笑)。

島田

そしてみんなを丸坊主から救った(笑)。ところで台湾大学のミス研は、評論や、作品の紹介が主な活動で、創作はまだそれほど盛んではないと聞きましたが……。

寵物

私が人狼城推理文学賞(現在の台湾推理作家協会賞)を受賞した後、ミス研の中に、自分の作品を朗読したり互いに意見を言い合ったりする創作グループを作りたいと思ったのですが、なかなか難しいですね。

島田

台湾大学のミス研が、近い将来、作家を続々と輩出する、京都大学ミステリー研究会のようなかたちに発展していく可能性はありそうですか? 日本で、綾辻さんたちの新本格のムーブメントが台頭したのは、彼らの作風が新しかったからなのですが、その新しさとは、京大ミス研内部の空気の新しさで、これがそのまま中央の文壇に持ち込まれたのでした。また京大ミス研では、犯人当て小説を朗読するという伝統があって、これは朗読だから、文章の美しさや上手さよりも、必要にして十分なだけの情報が聞き手に伝わるか、そして返す刀で真相を隠蔽する、そういう技術の研磨に重心が置かれました。のちに盛んに言われた新本格の長所も欠点も、実はこの犯人当てクイズの持つ性格なのですね。
いずれにしろ、京大という一級の知性によって、東京の文壇とはまったく違うアプローチで、まったく違う世界が創出されたことは非常に意義がありました。台湾大学のミス研にも、同様な貢献を期待したいところです。

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『虚擬街頭漂流記』(きょぎがいとうひょうりゅうき) /寵物先生(ミスターぺッツ)ページトップへ