写真:澁谷征司
写真:澁谷征司
川村元気さんの『百花』を手にしたのは、コロナ禍でなかなか帰省もできなかった頃でした。『百花』を読んで、気がついたらいつの間にか泣いていて、すぐ元気さんに「やりたいです」って伝えました。『百花』も、元気さんのおばあさんとの体験から生まれた話ですが、自分でもちょうど人と記憶みたいなことを考え始めた時期でもありました。
父がたくさん本を読む人で、小さい頃から「本読め、本読め」と言われても僕が読まないから、「これだったら読めるんじゃないか」ってくれたのが星新一さんのショートショートでした。星新一さんばっかり読んでいたのが本との出会いの最初の記憶です。
小学生の頃は、夏休みの絵日記や読書感想文も苦手でした。「〇月△日、海にいった。泳いだ。海の水はしょっぱかった」みたいな感じで、ひどかったんですって。それが漫画を読み始めてから変わったらしいです。書いたものが人に読まれるという意識が出てきたのかな。
スタイリストの伊賀大介さんは、会うたびに「これ面白いよ」って本をくれるんですよ。読むのはカルチャー系やミュージシャンの自伝が多くて、亡くなられたフジファブリックの志村正彦さんの日記やインタビューをまとめた本も記憶に残ってます。
僕らの仕事は、文字にされて可視化されたものを、自分の体を使って3Dにする、次元をひとつ増やす作業だと思うんです。映像になると、解釈の幅が狭く限定的になるから、気をつけなくちゃいけないけど、文字だけだったり、人の声だけだったりすると、想像の余地が増える。大河ドラマで義経をやらせてもらいましたが、義経の出てくる本はたくさんありますよね。事実はひとつだけど、同じ義経が源氏側から見たら英雄で、平家側から見たら憎い強敵。物語って、誰が書くかによって登場人物の描かれ方も、流れの見え方も違うから面白いですよね。
演じるというのは、言葉にできないものを膨らませていく仕事かなと思うんです。漫画でいうコマとコマの間、文章でいう行間みたいなところ。そういえば、子どもの頃、国語が嫌いだったんですよ。学校の国語のテストって暗記じゃないですか。一度、「この言葉を使った作者の意図を答えよ」という問いに、僕はこう思うっていうのを書いたら×をつけられて。そりゃそうなんですよね。そりゃそうなんだけど、×をつけられたときすごくさみしくて。それで国語に挫折して、数学にいったということもありました。
文庫は手にすっぽりおさまる感じもいいですし、ページをめくるという仕草もかっこいいですよね。最近は台本もデジタル化してきていますけど、指先一本でスクロールしていると、なかなか頭に入ってこなくて。紙の台本は、家でお風呂にはいりながら読んでびしょびしょになっちゃったり、カレーを食べていたらカレーくさくなっちゃったり。そうしながら自分の色になっていく。五感を使えば使うほど記憶は残るそうですけど、台本に関しては一生紙から離れられないだろうなって思います。
こういう仕事をしていると、「記憶力がいいでしょ」と言われるんですけど、そんなことないんです。毎日新しい台詞を覚えるかわりに、毎日忘れる作業をしているから、いろんなことを忘れていくんですよ。なんだか、年々10代の記憶とかどんどんなくなっていく感じがして……。今年、この世界に入って初めてのことだったんですが、少しお芝居をお休みした時期があったんです。13年ぶりくらいに台詞を覚えずに寝ていたら、なんかちょっと体調悪くなって。それまで長い間ずっと、毎日、台詞を入れながら寝ていたから。絵を描いたり、ミシンをかけたり、何かに一度集中しないと眠れなくて、脳みそって面白いなと思います。
祖父が洋服の仕立て屋さんで、毎朝5時に起きて、店の前を掃除して、その日来るお客さんの仕立てをして……。店を閉じてから、毎日の作業がなくなり、だんだん心身共に弱っていって。「ああ、やっぱりそういうことなんだな」って思ったのを覚えています。自分は洋服が好きで、洋服にまつわる本(『着服史』)を出させてもらったりしていますけど、そういうのは祖父から繋がっているのかもしれないですね。
人間は毎日忘れていくし、覚えていることすら定かではないけど、僕らの仕事は残していけるのがありがたいです。仕事も、日々も。人の記憶に残るものをつくれたら幸せなことだなと思います。
1993年2月21日生まれ。2009年「仮面ライダーW」でデビュー。2013年公開『共喰い』では第37回日本アカデミー賞新人俳優賞、2017年公開『あゝ、荒野』では第41回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞等を受賞。数多くの映画やドラマで主演・出演を果たす。2017年からは音楽アーティストとしても活躍。今秋公開となる映画『百花』では、川村元気氏による累計27万部突破の“愛と記憶の物語”を原田美枝子さんとW主演。