桜庭一樹

桜庭

確かにそうですね。あと、鴻池さんの絵では、やっぱり鈍色(にびいろ)に驚きました。

鴻池

すごく醜い少年と書かれていましたよね。醜いと綺麗などの対比は昔からありますが、桜庭さんはどういうふうに捉えていたんですか。

桜庭

演劇的に物事を捉えたり、戯曲を読んだりするのがもともと好きなんですが、戯曲にはすごい美人の役とかものすごい醜い役とか多いですよね。そういう極端な役割の配置に興味をもっていて、もともと醜い人間のその醜さというのは、本当は内面のコンプレックスだったり、自分の属する世界になじめないという苦しみだったりする。それを表現するときに、舞台に立たせるようにビジュアルにして分からせるのが好きなんですね。伏姫も、世界から歓迎され、馴染んでいるときはすごく美しい人になり、その世界から浮き始めると、だんだん醜くなってくる。片目がつぶれたりして……。

鴻池

鼻はひどく団子で眉はげじげじで、頭は大きく体はすごく小さい歪(いびつ)な感じの子と、鈍色の表面的なことを描けば描くほど、その背後にあるものが浮かび上がってくる感じはしました。醜いってどういうことで書いているのかなと。

桜庭

『シラノ・ド・ベルジュラック』が好きなんですが、醜い男の表現でヒマラヤのように鼻が高いなどとあって、おそらく演ずる方は、ちょっと鼻を高くして舞台に出られるだけだと思うんですけど、実際ヒマラヤまでじゃなくても、言葉や文字ではそういう表現で、本質はそういう人だとわからせるというのはあると思うんですよね。

鴻池

私は文章を読むのがすごく遅くて、何がこうしてこうなったということの意味まで理解するのが人より遅いので、文学的なものにはあまり興味がないんですが、文字の型とかビジュアル的なものには吸い寄せられるんですね。そういう意味で、吸い付くように頁を捲(めく)って、この頁が好きだとかいいとかで、そこから読み始めて前に戻ったりすることもあります。文字との違う出会いなんですね。桜庭さんの文章の中にも、先ほど演劇的にとおっしゃったけれど、そういったかたちで吸い寄せられるところが出てくるので、そこを掴(つか)みさえすれば、物語の空気感をキャッチできたんです。今さらですけど、「伏」というタイトルはいいですよね。

桜庭

一文字のタイトルは初めてなんです。

鴻池

週刊誌の第一回で「伏」のタイトルを、惑星つまり地の中に埋められた人と犬にして描いたんですが、タイトルがすべてを物語っているというか……。

桜庭

文字一個で人と犬。いろんな意味もあるし……。週刊誌の最終回や、単行本のカバーにも出てくる、顔が骸骨で体が犬の絵を、この人と犬の混じった「伏」の象徴として、鴻池さんは捉えていらっしゃるんですか?

鴻池

長くなるんですが、滝沢馬琴の顔を描こうかなと思って資料を調べている時に、『里見八犬伝』は、息子が亡くなって、息子のお嫁さんが馬琴の目が見えなくなった後も口述筆記をして完成したというのを読んだんですね。今回、この物語に馬琴の息子が出てきていて、冥土という名前がつけられている。この冥土という人はある意味、時空を行ったり来たりする、トリックスター的な役目なのかなと思ったら、物語が広がった気がしたんです。ぜんぜん違う次元で、もうひとつの何かが起こっているというような。そうしたら、犬が何か美しい人間のかたちになってというものではなく、物語のラストにも出てきますけれど、もしかしたら日常の中に、人間じゃないようなものが紛れこんでいても見ただけではわからず、でもビジュアルがどんどん強くなっていく私たちの世界の中では……などということを考えていたら、頭蓋骨犬と私は呼んでいるんですけれど、あれが結構嵌ったんです。頭蓋骨は、どのアーティストも必ずもってくるある意味ベタで定番でみんなが好きでオーディナリーなモチーフで、使い方を間違うと同じようなキャラになる危険性はあるんですが、そこにはやはり普遍的な要素がどっかに息づいていると思うので、うまくあったときだけもってくるんですけど。

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