インタビュー

--

リアル恋愛が訪れた良香は、不毛な片思いの相手、イチに会ってみようと考える。「mixi」で別人になりすまして同窓会を企画し、イチをおびき寄せる、変わった行動に出ます。さらに後半、暴走する場面は加速感がありました。

綿矢

割とインモラルに進むんですよね。衝動みたいな感じで。かなり幼い考え方なんですけど、主人公はおたくで、内向的で、ずっと偉そうにされていた立場やから、歳をとると暴発的な考えになってもおかしくないと思います。

--

この主人公のチャーミングなところは、暴走しがちな妄想と、それを覚ます客観性を同時に持っている部分でもありますね。やっぱり邪悪にならない方がいいという感覚はお持ちだったんでしょうか。

綿矢

邪悪にならない方がいいというより、やってしまったあとの後悔。こんな後悔するぐらいなら、やらへん方がいい、もありかなあ。普通に人は、頭の中で一気にいろんなことを考えていると思うんです。その両方を書かへんで、どっちかだけにしたら、読んでいる人は「これは自分と違う」になってしまいますから、頭の中で考えていること全部をできるだけ書くのは大事ですよね。

--

経理課のOLという、立場も生活も自分と異なる主人公を書いて、理解できた手応えは?

綿矢

最後に主人公のする選択が、私よりもだいぶ大人っぽかったので、私にはできへんなあ、私とは違うなと、それは書いてみて生まれた、独自なものだと思いました。書き手がこうしたいではなくて、文章に沿って、人物に不自然なことをさせないことで、いい道筋が見えてくると思います。やっぱり、自然さと係わってくるんじゃないかなあ。文章に従って、登場人物の考えていることを剪定せず、伸び放題にして流れで進む。だから、一人称で書いていくのは、むしろ人物の気持ちを読みやすいんですよね。主人公が何を考えてるか分からへんみたいにはならないから、声を聞くみたいにして、文章に添って進んでいく。今回は声を聞くみたいにして書いていきました。ぶつかることがほとんどありませんでしたね。スーッとこう、凄く楽しい気持ちで、スーッと書けました。

--

綿矢さんは芥川賞を史上最年少で受賞していますが、プレッシャーは。

綿矢

プレッシャーは感じていたはずなんですが、3年くらい本が出ないとほとんど麻痺してきて(笑)、小説ができないことの方がプレッシャーです。この3年間、なかなか小説が完成しないというのは、暗かったです。いろいろアイデアがあって書き始めては、どこか栄養不足というか、話が育ちきらずに鉢植えをいっぱい枯らしてきた3年間でした。何でやろ、何で完成しいひんのやろと思っていたから、この作品ができたときは本当に嬉しかった。編集の方に見せて、本が出せることになりました。やっぱり、本が出るというのはいいもんやなと、今回、つくづく思いました(笑)。他の作家の人に聞くと、自分でボツにした作品がひとつはあるとか、そのくらいのレベルで、私なんて失敗してばっかりやから、凄いと思う。でももう、しょうがないかなと思いますね。当たるまで数を打つしかないんかなと思っています。同じ年頃の会社勤めの人の話を聞いていると、小説は、ひとりでやる仕事なんだなと思います。チームはなく、自分で書く以外ない。私は、1作、1作に年月がかかってしまうので、変えたいというよりかは自然と変わってしまう。

--

デビューから9年。どんな年月でしたか。

綿矢

東京に出てきたのも大きかったし、いろんな人にも会ったし、私自身は、やっぱり、パソコンに向かっている時間が長かったです。子供の頃には思いもしなかったほどパソコンに向かっているなあと(笑)。文章ばかり考えているから、文章に対する脳みそのキャパシティが大きくなってきたんですけど、逆に数字とか、社会的なこととか、以前はもう少し偏りがなかったのが、この9年でだいぶ偏りました(笑)。世の中の変化については、凄い自然志向になりましたよね。9年前は、お肉やファストフードがよしとされていたはずが、今は五穀米とか、いいとこの野菜とか(笑)。昔の方が、もっとパワフルやった気がします。今は、運動したり、バランスを考え始めているのかもしれないですね。親たちは、違うところからエネルギーが出ていると思います。私らの年代ははみ出していくパワーというより、均一に五角形を作るみたいな感じが、風潮としてあると思います。

--

世の中の会話を聞いていると、「チョーすごい」とか、文章での会話が少なくなっている気がします。文章ばかり考えていると、世の中と少し分離するような、そんな感覚はありますか。

綿矢

絶対あると思います。やっぱりおたくっぽくなるというか、同じ職業の人と会うと、他の人と話し方や、関心の持ち方が違うと感じることはありますね。本を読んだり文章を書いたりしていると、文章脳になってきます。それを頑張って生かさないと。無駄に文章脳になったらよくないですから(笑)。

--

これから、どんな小説、人物を書きたいですか。

綿矢

目指す、憧れる、こういうのが書きたいというものはありましたが、のびのびしなくなるというか、長いのが書きたいと思っても、それにこだわるのは違うと思うようになりました。はらはらする、人物が大勢出てくるようなものを書きたいと思っても、書きたいから書けるかというと、今の私の力では難しい。書いているうちに技術が増えるかもしれないし、積み重ねてもっと書けるようになれたらいいですよね。純文学も好き、バーッと読めるミステリーも好きやし、自分の本も、面白く消費してもらえるものになればいいなと思っています。人物は、読者が応援したくなるような人を。肩入れしたくなるような人が登場する話が私も好きですから、そういう人物が書けたらいちばんいいんじゃないかなと思うんです。

聞き手・構成◎青木千恵

Copyright©Bungeishunju Ltd. All rights reserved.