インタビュー

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主人公は綿矢さんと同い年ですが、26歳はどんな年齢だと思いますか。

綿矢

ちょうど分岐点みたいな感じはします。10代は10代で、もちろん1年1年が大事だったんですけど、20代は1年1年ではないですね。もうちょっと塊で、私の感覚では、21から24、24から27ぐらい、27から30と、10代の頃よりも時間がこう、若い、まだまだ大丈夫、かなりやばいと(笑)、グラデーションのようだと思います。

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ニに告白され、〈私が彼をまったく愛していないにもかかわらず、私が将来結婚するかもしれない相手だ〉と、良香は、結婚を強く意識している。デビューの頃には遠い問題だった「結婚」を、綿矢さんはどう思っていますか。

綿矢

まあ、今でも遠いんですけど(笑)、周りは結婚する人としない人が分かれて、親によって言うことも違い、本当にさまざまです。私は、20歳ぐらいのときは結婚なんてまったく考えず、だいぶ遅くてもいいと思っていましたが、酒井順子さんの『負け犬の遠吠え』を読んだり(笑)、婚活とか、アラサー、アラフォーとか、世の中の言説の影響を受けるから、そろそろ考えなきゃあかんのかな、自分の意識ではないけど、ほかの人がそう言ってるからそうなんかな、という感じのところにいますね。ただ、好きな人と結婚しいひんのは悪いこと、妥協するのは簡単、という風潮がありますが、この小説のように、純粋な片思いを貫いていたら、結婚なんて実現しない。人間も動物なのに、好きという気持ちが種の繁栄に繋がらへんこともあるのは不思議やなあと。凄く好きな人とゴールインするのが幸せというのは分かるし、そしたら受け止めてもらうことになるけど、受け入れるっていうこともできるといいんじゃないかなあと思って。

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小説で、自分の年代を書いている。

綿矢

ちょっと下なんですよね、いつも。3年ぐらい下の年代が書きやすいですが、今回は、主人公が結婚をとても意識していて、23歳で結婚、結婚、と言っているのは変わった子になるから、同じ年齢にしました。社会人になったばかりのような幼い行動をとるので、感覚的にはもうちょっと下かなと、ジレンマが少しありました。また、「高齢処女」という設定やったから、26歳にしました。別に主人公が「高齢処女」でなくてもよかったんですが、その方が、イチへの思いがより強く積み重なっているかなと。誰かと一度でもつき合っていたら、やっぱり、思い出に近い恋に変質していたでしょうから。

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26歳まで、ずっと片思いを続けてきた良香にとり、12年間、大切に育ててきたイチへの愛はアイデンティティーの一部になっていた。ニに告白されて、それが揺らぐ。20代半ばくらいだと、恋愛・結婚以外でも、いろいろな岐路に立たされます。

綿矢

学生の頃は、好きな人と一緒にいるのが善で、正しいのだと思っていた。本や漫画を読んでも、「自分の気持ちに嘘をつくな」「好きなら自分の気持ちを言え」と書いてあって(笑)、「正直」がいちばんいいのだろうと思っていたのが、大人になると、一概にそうだと言えないんじゃないか? と、考えを曲げざるを得なくなってくる。いちばんの理想みたいなものが、ちょっとずつ平らになっていく感じ。10代の頃だったら、「好きです」と思い詰めていた、まっすぐな感覚が少し変わってくる。頭で考える理想と、身体は別もので、頭の声ばかり聞いていると、どこか不健康というか、おかしくなることもあるんやなと、私自身も感じます。体力がなくなってきただけかもしれませんけど(笑)。

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こんなにたくさん考えている、主人公の内面は非常に豊かなのに、世の中全体での存在感は薄い。

綿矢

そうですね。特にこの主人公はイチを見ている人やから、より薄くなっている状態です。自分の方はあんまり見られない状態で、存在感が薄くなるばかりできて、存在感が薄いことを気にしていない。でもやっぱり、イチに名前を覚えてもらえてへんかったりすると、そこまで存在感が下の方のレベルでは、これはあかん、気にする、ということになる。良香は、12年片思いをしてきた自分が持ってるほどの情熱を、相手のイチのほうが絶対に持ってへんというのだけは分かっている。それが幸せかどうかで悩んでいる。ニに対しては自分の存在感が薄い心配はなく、自分の方に情熱がないのは分かっている。男性に読んでもらったら、本当にいやな子だなって言われました(笑)。私はちょっと可愛げがある子だと思ったんですけど、なかなか伝わりにくい可愛げなのかもしれないです。この子の可愛げは、我が儘なんですよね。私もそうですが、女性は女性の我が儘みたいなものは、自分の幼い頃の部分を見る感じで、同感、可愛いと受け入れられますが。だから、人によって受け取られ方は違うかもしれない。

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ただ、ニに告白されたということは、ニは良香を見ていたということ。誰かを想っている人を、誰かが想っている。そんな状況は世の中にたくさんあると思います。

綿矢

ニに見つけてもらえた、良香はやっぱりラッキーだと思いますよね。だから、若干女性に都合の良い展開だなと思って書いていました。

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