INTERVIEW#03 速さは価値を生む 文藝春秋編集部 村井 弦

私の入社理由

祖父の本棚にあった「文藝春秋」

祖父の家の本棚にいかにも難しそうな分厚い雑誌が並べられていたことをおぼろげながら覚えています。その雑誌はなぜか実家にもありました。しかし、見るからに難解そうだったので、小さい頃は手に取ったことさえありませんでした。大学時代の私はやることもなくヒマだったので、実家の本を片っ端から読んでいました。そして、この分厚い雑誌と再会しました。読んでみると、「ゴツイ見た目の割に案外、難しくないな。結構面白いじゃん!」。これが「文藝春秋」との初対面でした。就活の時には、「あの分厚い雑誌を作っている会社」という印象を持っていました。しかし、文春の刊行物については正直あまり詳しくなかったので(笑)、「『文藝春秋』を作りたい」と志望動機を述べました。

入社して驚いたのは、こんな難しそうな雑誌を作っているクセに、あまりにもテキトーな(いい意味で)社員が多かったことです!

今の仕事
について

現在までの経歴

  1. 2011.03月 入社
  2. 2011.04月 週刊文春編集部
  3. 2015.07月 文藝春秋編集部

「文藝春秋」の編集者をしています。連載を担当している作家の先生から原稿をもらったり、ジャーナリストと一緒に取材をしたり、自らインタビューをして原稿を書いたり……毎日、色々なことをしています。

STORY 01

現在の仕事のやりがい

政治家、経営者、スポーツ選手、外国の要人。あらゆる人に会ってインタビューをして良い記事を書く――私の仕事はそれに尽きますが、ハッキリ言ってこんなに面白いことはありません。「文藝春秋」の編集部員だからこそ、たくさんのスゴイ人に会えました。朝ドラ女優、官房長官、国連の事務総長、歴史的事件の証言者……。今振り返ると、「あれは幻だったのか」と思うような人ばかりです。

記事を書く際は、「この人(取材対象者)がもっとも伝えたいことは何なのか」を把握することが一番大事。そして、本人に憑依して(なりきって)書いていきます。そうすると、取材した人に対して、不思議な親近感を覚えるようになるんですね。

記事が完成した後に、その人をテレビで見かけたりすると、「おお、この間はお疲れ様でした~!」なんて声をかけたくなるんです(笑)。中には取材をきっかけに仲よくしてくださる方もいて、一緒に作った記事のハナシを肴に一杯やろう――という素敵なことが起こったりもします。

STORY 02

これからの目標や夢

「言葉のプロ」と呼ばれるような人になりたいです。編集者になるために資格は必要ありません。だからなのか、たまに同年代の知人から、「このまま編集者を続けていて、将来何になれるの?」と言われたりもするんです。

しかし、「言葉を上手く扱えること」には、デジタル社会だからこそ、どんなスキルにも代えがたい価値があると私は考えています。「若者の活字離れ」という言葉を最近よく耳にします。しかし、私はそうは思いません。むしろネット空間の出現によって、私たちは昔と比較して遥かに厖大な活字と接しています。そして、誰でも発信することが可能なネット空間では、「良質」と言える文章はごく僅かです。そんな時代に、正確な日本語を使って文章を書くトレーニングを続けてきた人材は必ずや重宝されると、私は信じています。

文藝春秋は、言うなれば「言葉のプロ集団」です。この会社の仕事を通じて今後も自分の「言葉力」を高めていきたいと考えています。

STORY 03

「文藝春秋」のDNA
とは何だと思いますか?

「どんな時もユーモアを忘れないこと」だと思います。政治、経済、芸能、スポーツ。「文藝春秋」とは、ジャンルを問わず、面白そうなものなら何でも取り扱う「総合デパート」(「幕の内弁当」と言う人もいます)のような雑誌です。そして、編集部員には視野が広く、どんなテーマでも「面白がる」ことができる人が多い気がします。大きなニュースが発生すると、自然とみんながテレビの前に集まり、雑談が始まります。「これは私の興味の範疇外だから」とはならず、とりあえず何でも「かじってみる」。それが文春らしさだと思います。

また、「文藝春秋」のDNAといえば、何と言っても巻末の「社中日記」ですね。社員たちの日常をギャグ風(?)にイジる小さな記事です。実は編集部員が一番気合を入れて書くのはここ。「くだらないこと」に全力で取り組むユーモアを忘れない人が多いのです。

STORY 04

ノンフィクション雑誌の
編集者として、日頃から
どのようにアンテナを
張っていますか?

「韓国の最高裁で驚きの判決が出た」「カリスマ経営者が逮捕された」……皆さんのもとには日々さまざまなニュースが飛び込んでくると思います。私たちも、テレビや新聞、ネットニュースを見て初めて「えっ!?そうだったんだ?!」と驚くことはとても多いのです。こんなことを言うと、「スクープを出すことがお前らの仕事だろ」と怒られるかもしれません(笑)。

もちろん世の中に出ていない“大スクープ”を手に入れることは重要です。しかし、そんなに上手いこと普段から手に入るものではありません。むしろ、それよりも大切なのは、あるニュースが舞い込んできた時、瞬時に「このテーマは○○さんに聞こう」と思いつけること、つまり「専門家の引き出し」を多く持っていることだと私は思います。

私は、普段から自分の関心のあるテーマについて「この人は詳しそうだな」と思った専門家に連絡して話を聞かせてもらうようにしています。こうして知り合った人脈が花開く時は、予期せぬタイミングで訪れるものです。

ON OFF

1週間の仕事の時間配分

オフの1日

極力、仕事と関係ないことをするよう心がけています。外国語を勉強したり、友人と大酒を飲んで騒いだり、週末に温泉旅行に行ったり。しかし、プライベートな遊びにこそ、意外な仕事のヒントが隠れていたりします。

文藝春秋を一言で表現するなら

典型的な
モノづくり
企業」

忘れられない一冊

柳田邦男『犠牲 わが息子・脳死の11日』

担当しているノンフィクション作家の柳田邦男さんが1995年にお書きになった本です。「生と死とは何か」ということを深く考えさせられました。時代を超えて読み継がれるべきノンフィクション作品だと思います。

「文藝春秋」で
何を伝える、
なぜ伝えるのか。

月刊誌という媒体は、かなり衰退しています。「文藝春秋」の部数は最盛期100万部ありましたが、今は3分の1にまで減っています。

私たちには、「『文藝春秋』は一流の人だけが登場できる唯一の雑誌だ」という自負があります。「一流の人の言葉と文章」を伝えることが「文藝春秋」の使命です。それは今も昔も、そして未来も変わらないと信じています。

譬えるならば、「文藝春秋」は高級な漆器みたいなもの。現在は、「漆器で食事をする人が減った」状態なのです。安価で便利なプラ製の食品トレー(何の比喩かはあえて言いません)が流通したことにより、多くの人がそれを用いて食事するようになったというわけです。しかし一方で、「高級な器」に価値を見出す人がいなくなることは無いと思います。

紙の雑誌の縮小はもはや避けられません。しかし、媒体が紙からデジタルに変わったとしても、多くの人に「『文藝春秋』は『高級な器』だよね」と思ってもらう必要がある。それを考えれば、現場にいる私がやるべきことは、やはり「一流のコンテンツ(記事)を作り続ける」ということになるのです。