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私はこう読んだ

すさまじい意志と孤独な闘い 角田光代(かくたみつよ 作家)
 あまりにも衝撃的な小説を書いてしまうと、その小説世界が作家の色になってしまうことがある。だれもが圧倒されるような恋愛小説を書けば、作者は恋愛小説家というラベルを貼られ、いつしかラベルがひとり歩きする、というようなことだ。そのラベルは、さらなる恋愛小説を書くことを求められ、恋愛とはなんぞやと質問され、恋愛の理想と悲劇について語らされ、あげく恋愛指南まで求められる。そうなるとすでに、求められているのはラベルであって作家ではないのだが、この一連の流れは、あまりにも素早く、あまりにもさりげなく行われるものだから、作家自身、気づかずラベルになりきってしまうということが、ある。私、ではなく、ラベルが小説を書き続ける。そうなってしまう作家は多いし、自分も小説を書く身として、その流れのことはじつによく理解でき、作家としては致し方ないところもある、などと思ったりもしているのだが、桐野夏生という作家がやっていることは、このラベルをひっぺがしてびりびりに破くことだ。断固として流れに逆らい、ラベルではなくつねに「私自身」として小説を書き続けることだ。
『アンボス・ムンドス』という新作短編集を読めば、「規定されること」をこの作家がいかに嫌悪しているかがよくわかる。おさめられているのは七つの短編だが、それぞれまるで色合いの違う小説である。それで、読み終えたとき、短編集を読んだという気がしない。七冊の長編小説を読んだ、心地よい疲労と充実感、さらに、胸の奧に何か不気味な火を灯されたような、ちりちりした違和感が残る。昨日まで見ていた現実に対する違和感である。
 自分を取り巻くすべてに不満を持った醜い主人公、真希が、あるとき、過去に自分が社会的事件に関与していたことを思い出す「植林」では、桐野小説の熱心な読者なら、『グロテスク』『残虐記』を読んだときの興奮を思い出し、高揚を覚えながらページをめくり、ナイフですぱっと切ったような、見事なラストに深いため息をつくだろう。この高揚は、桐野小説でしか味わえない特殊な種類のものなので、読み手はそれに再会できたことを喜び、わくわくと次の小説「ルビー」のページをめくるだろう。会社員のプライドを捨てられないままホームレスになった男と、彼らの共有物になることをいとわない女を描いたこの小説もまた一気に読み終え、色合いが微妙に変わったことに、はたと気がつく。
 そして次なる「怪物たちの夜会」、ごくふつうの女性の、ごくふつうの不倫が、思わぬ場所へと転がっていく様を静かに、しかし異様な迫力で描くこの小説ではもう、『グロテスク』等の興奮をすっかり忘れ、まったく違う興奮、まったく違う高揚、まったく違う余韻を求めてページをめくることになる。
 続く「愛ランド」で、私はこの作家の吸引力の強さに驚愕した。そうとは知らずいった旅先のエステで淫靡なマッサージを受け、それをきっかけに、三人の女性が、それぞれの性を告白する。彼女たちの告白は、決して身近な話ではないのだが、しかし、たじろぐぐらいのリアリティがある。三人が順番に語っていくとき、「次はこれほど過激な内容ではないだろう」と私は思い、読みすすめたのだが、つねに想像を裏切って告白は凄みを増し続ける。これは思うに、桐野小説の印象ととてもよく似ている。ある小説に圧倒された次の瞬間、さらに新しい圧倒が待ち受けている。
「愛ランド」でほとんど麻痺した現実感を、「浮島の森」はきっちりと元に戻す。無意識に過激さに慣れてしまった読み手を、一気に現実に呼び戻す。この小説は生活のにおいとともにはじまる。一見ごく普通の生活だが、読み進むにつれ、そこに内含されたゆがみがじわじわと見えてくる。作家の娘として生まれ、その作家自身によって、親友である詩人に母ともども譲り渡された過去を持つ主人公を描くこの小説は、表面的には非常に静謐で、上記の小説とはまったく異なる重々しい余韻がある。激しさも、突飛な鋭さもないのに、なぜか読んでいるこちらの胸に、きりきりと異物をさしこんでくる。もっと読みたい。読み終えて強く思っていることに気づく。そう、気がつけば、こんなにも色合いの違う小説を読んでいるのに、この興奮と高揚は、他作品でこの作家が与えてくれるものと、まったく等しいものなのだ。
 そうして不思議なのは、「もっと読みたい」のは「浮島の森」なのに、続く「毒童」で、その「読みたい」欲がきちんと満たされることだ。どこか寓話的な、しかし決して現実を逸脱しないこの小説は、得体の知れない薄気味悪さを読み手の心にべったりと貼りつける。読まなければ、たぶん開かれることのなかった感覚が、目覚めさせられたような気分になる。
 そうして表題作「アンボス・ムンドス」へと続く。小学生の抱いた、教師へのちょっとした悪意が、奇妙にねじれながら肥大していき、やがて事件へと発展する。「アンボス・ムンドス」とは、「両方の世界」という意味だという。明と暗の、表と裏の。まさにこの小説は、現実の二重性を描いている。表面の世界と、足元に底知れず続くもうひとつの世界。それは外側だけにあるのではなく、私たちの内側にもまた存在していることを、小説は思い出させる。
 この短編集は、桐野夏生という作家が、どれほど多くの引き出しを隠し持っているのか、その一端を教えてくれる。作家はまるで熟練の手品師のように、思わぬところから引き戸を開けて、こちらが想像もしない中身を、飄々と取り出してみせる。中途半端な手品はない。試行錯誤中の手品もない。披露されるのはみな、おそろしいほどかっちりとした完成型である。
 その乱れのない手品の裏には、同じ引き出しは二度と開けない、貼られそうになったラベルはひっぺがしてびりびりに破く、桐野夏生という作家の、すさまじい意志と孤独な闘いがある。そして幸運なことに、私たち読み手はただ、そのなめらかな手品に、ただ目を見開いて驚き、ひたすら魅せられることを許されている。
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