中原さんに初めてあったのは、なにかの授賞式の二次会だった。中原さんは手に皿をもって焼き蕎麦かなにかを食べていた。中原さんはいかにも強面(こわもて)の印象で、僕のことなんか好きではないだろうと勝手に思っていた。しかし会釈するだけでは間が持たない。
そういえば、九〇年代の傑作テレビゲーム「ザ・タワー」のサントラに彼が「暴力温泉芸者」名義で提供した曲が素晴らしくよかったことを思い出した。
「あの『ザ・タワー』のサントラの『地下駐車場のテーマ』すごい好きなんですよ」といってみる。中原さん、もぐもぐやりながらいったのは「俺、あのCDもらってない!」だった。それでもゲームや音楽の話などして交流をもった。
中原さんに二度目にあったのは、なにかの授賞式の二次会だった。中原さんは手に皿をもって焼き蕎麦かなにかを食べていた。中原さんはいかにも強面の印象で、まだ僕のことなんか好きではないだろうと勝手に思っていた。しかし会釈するだけでは間が持たない。
そういえば、こないだパリで知り合った男が、中原さんの学生時代の先輩だったと聞いた。
「あの精神分析医のAさん、中原さんの先輩だそうですね」といってみる。中原さん、もぐもぐやりながら恐ろしい形相で「あの人と付き合うの、本当にやめたほうがいいよ!」と叫んだ。「シャレにならないから」とも。それでも映画や小説の話をして終電を逃した。
返事は常に否定形だった
中原さんと会うのは常になにかの授賞式の二次会だった。中原さんは手に皿をもって焼き蕎麦かなにかを食べていた。そうして僕がなにか話題を出すと、その返事は「もらってない」「付き合うな」常にnotの否定形がつくのだった(後にそのようにいってみたときの返事さえ「たまたまでしょう」という、やはり否定なのだった)。
何度目かにあったのは、なにかの授賞式の二次会だった。中原さんは手に皿をもって、もはや焼き蕎麦ともなんともつかぬ何かを食べていた。もう会釈などいらないのだが「僕こんど同人誌つくるんですよ」となにげなくいったら中原さん、もぐもぐやりながらいったのは「僕でよければなんか書きますよ」だった。
そのときの、目もくらむような感動(「僕同人誌やるけど、なにか書いてくれませんか」といったわけではないのに)! 帰って報告をしたら、同人一同無邪気に大喜び。
あまつさえ、中原さんは同人の誰よりも早く原稿を書き上げた(それが本書巻頭を飾る「舞台動物」なのである)。カーテンがあがった後のみたことのない臨場感に我々は興奮した。同時に、慌てた。ゲストの方が締切りを大幅に守り、しかもそれが傑作だったということに!
世界の白々しさを暴く小説
この話の初めから終わりまでが、今思えば中原昌也の小説の構造そのもののようだ。不機嫌と否定の、笑えるほど執拗な反復、しかし不意打ちでもたらされる「別の言葉」と展開。
反復も否定も含め、その一言一句はすべて「本当の言葉」だ(CDをもらってないのも、同人誌になんか書いたことも本当)。
「誰が見ても人でなし」の、短く改行なしで繰り出される膨大な「イメージ」も、その後の、ただの気だるさとは異なる哀しみも、「中間小説」で吐露される「書く」という行為の「無駄さ、虚しさ」も、あるいは「どんな悪人が焼いたパンであったとしても(中略)それがいま目の前にあれば、この手で掴み取って食べたい」というようなアフォリズムでもなんでもないただの言葉も、読み手に手渡される感触のすべてが実は「本当」だ。真実じゃない、「本当」なんだ。
よくいわれることだが、中原さんの小説を読む前と読んだ後では、現実の景色の見え方が変わる。新聞やテレビから受けとるあらゆる「言葉」が白々しく、大仰なものに思えて(それが真面目な言葉であるほど)大笑いしてしまうようになる。でも、実はもとからこの世界は白々しく、大仰だったのではないか。そっちが「本当」のことだったのではないか?
本書には、中原さんがここ二年間、ヤケのように書いた作品すべてが収録され、大冊となった。総決算のようにもみえ、しばらく中原さんは執筆から遠ざかってしまうのだろうか?だがむしろ、我々は身構えなければならない。いつでも否定形ではない別の言葉は不意にもたらされる。少なくとも僕の同人誌ではもう、「次」を書いてもらった。同人と中原さんの、これは合作なのだ。嘘のような、これも「本当」の話。