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私はこう読んだ

風刺の精神に支えられた「笑い」 神林広恵(かんばやしひろえ 元『噂の真相』編集部デスク)
 高橋春男が描く人物はことごとくバカである。しかも偉大なるバカ。バカは素晴らしいこと、愛すべきことで、絶大なる褒め言葉なのだ。もちろん高橋自身もバカである。本人がいうのだから間違いない。バカと天才は紙一重ではなく、共存するものらしい。
 天才漫画家・高橋春男――は歌う漫画家でもある。毎年十一月の酉市シーズンに高橋を囲むカラオケ大会が恒例となっている。月刊誌『噂の真相』で十六年もの長期連載をしている高橋の年末接待が行われるからだ。私を含めた歴代の担当編集者四人と編集長の岡留安則という接待陣にとっては一大行事だ。
最初はふぐのフルコース、二次会がカラオケというパターンは、ここ十年以上不動のものだ。この時、高橋春男は“春男ちゃん”に化ける。ふぐを食べながらギャグを連発し、仲居さんにも毒舌のちょっかいを出す。ひれ酒に火をつけては大げさに驚き、それを飲みながら「ヒレヒレ〜だね!」、ふぐ刺しを毎年食べていながら「こんな美味しいものは生まれて初めてだ!」などといっている。
 さすがギャグ漫画家。作家先生にこんなに盛り上げてもらっちゃっていいのだろうか? という感じなのだ。そしてカラオケである。
 春男ちゃんは井上陽水(サングラス姿が本当に似ている)、吉田拓郎、舟木一夫といった六〇、七〇年代フォークソングや歌謡曲が十八番だ。『噂の真相』の連載「絶対安全Dランキング」のタイトルの“D”というのはドリンク、つまり酒を飲みながら馬鹿をランキングするという意味。だから酒を飲む。そして歌う。延々五時間以上朝まで飲んで歌いまくる。しかも自分が歌っていない間はギャグを連発し、歌っている時は「俺の歌を聞け〜!!」と叫ぶ。
 確かにうまい。「俺はプロだ!」と本当にバンドまでつくっていた。高橋の初のエッセイ集『人間万事塞翁が馬鹿』はこのバンドについての話「ビートルズになりた〜い!」で始まる。
「このバンドの名を知っている人は世界中をさがしても五十人に満たない」という《セコハン・ヘッド》は高橋を入れて三人の平均年齢五十歳強という中年バンド。しかも「オリジナルなんてないから、自分の好きな歌を一曲ずつ歌おうってことになった。ボクは『いつまでもいつまでも(サベージ)』。K西さんが『今夜は踊ろう(荒木一郎)』。K島君が『デイ・ドリーム・ビリーバー(モンキーズ)』」「しかもセコヘドのテーマとして選んだ歌が『高校三年生(舟木一夫)』。おい、俺たちの旅は、一体どこへ向かおうとしてるんだ?」
 うん? なんだか春男ちゃんのカラオケのレパートリーそのまま。しかしメンバー間のトラブルもありバンドはあえなく解散となる。
「ボクにとってビートルズを語ることは、つまるところ友情を語ることだった。友達というのは、どんなことがあっても最終的には《許せる》ヤツのことなんだ」
 高橋自身の中年青春友情ストーリーになっていて、ちょっと切なくほろ苦い。
高橋春男のバカに対する思いは実にエネルギッシュだ。その根底にあるのは「偉そうで」「カッコつけの」「権威」を揶揄し徹底的にからかう風刺の精神だ。それは『噂の真相』連載にも如何なく発揮されていたが、新たに高橋が挑んだのが自分自身を俎上に載せた『人間万事塞翁が馬鹿』だ。
 このストーリーは多彩だ。ビートルズ以外にも「エジソンになりた〜い!」「星新一になりた〜い!」「新選組になりた〜い!」などがあるが、その中でも私のお気に入りが「ホームレスになりた〜い!」。これまたカラオケで始まるシュールな物語だ。
 朝までカラオケをやった高橋がホームレスになるべく、新宿の路上で似顔絵を描いて日銭を稼ごうとする。が、一枚百円の出血大サービスで描いた似顔絵はことごとく不評。怒った客に胸ぐらまで掴まれる事態に陥る。そこで少年ホームレスに諭され、閣下と呼ばれるホームレスにその極意を学ぶ。そこに、なぜか死んだナンシー関まで現れて……という不条理な妄想小説ばりの作品。だが、なんといっても凄いのは、似顔絵が全くウケなかった高橋に、花園神社で突如ひとつのメロディーがひらめく。それを即興で歌うと聴衆に大ウケし、お金がざっくざっくと飛んできた、というくだりだ。「そんなに歌が好きなのか! 高橋春男」という死んだナンシー関の突っ込みが入りそうである。
 だが、高橋春男とのカラオケ大会は、もうない。〇四年四月号をもって月刊誌『噂の真相』は休刊となり、高橋春男の連載も終了したためだ。だが「絶対安全Dランキング」は復活した。文藝春秋を辞めた名物編集長・花田紀凱(かずよし)が四つめに創刊した『Will』に移籍したのだ。しかもタイトルもレイアウトもページ数も『噂の真相』と全て同じ、まったく同一なのだ。この連載再開をみて驚愕した関係者は多い。でもこれって春男流ギャグなんですよね?
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高橋春男著