立ち読み

『悪だくみ 「加計(かけ)学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』 森 功(文藝春秋刊)

はじめに

 一強と持ちあげられ、自由民主党総裁として異例の三選を見すえてきた内閣総理大臣の権勢が急速に衰え、無残に色あせた。二〇一七年七月に入り急降下した内閣支持率にうろたえる安倍晋三の姿は、まさに十年前の悪夢を彷彿させた。その最大の要因が、学校法人「加計学園」の獣医学部新設問題だったのは疑う余地がない。

「加計孝太郎さんは、政治家になる前からの四十年来の親しい友人ではあります。しかし過去、彼が私の立場を利用して何かを成し遂げようとしたことは一度たりともありません」

 そう繰り返し訴えてきた当人の釈明がむなしく国会に響き、マスコミ各社の内閣支持率は政権発足以来の最低に沈んだ。毎日新聞などの最下点は二六%である。八月に入っておこなった内閣改造後も、首相に対する国民の不信は消えない。野党は勢いづき、それまで抑え気味だったマスコミによる追及も厳しくなった。首相が青ざめたのは無理もない。

 友人を依怙贔屓して特別扱いしているのではないか――。加計学園の獣医学部新設に関するそんな追及の火の手を封じ込めるかのようにこの年の六月十八日、安倍内閣は重要法案審議を積み残したまま会期延長もせず、慌てて通常国会の幕を閉じた。だが、旧友への利益誘導疑惑は、鎮火するどころか、燃え広がるばかりだった。

 ほとんどダウン寸前だった安倍を救ったのが、北朝鮮のミサイル発射だったかもしれない。疑惑や批判に対するだんまり作戦で、なんとか暑い夏を乗り切った。そして九月末の臨時国会開会に向けて手ぐすねを引く野党に対し、衆院の冒頭解散という奇襲に出る。

「所信表明演説も、代表質問も、党首討論もない、臨時国会の冒頭解散は日本の憲政史上始まって以来の暴挙だ」

 野党はとうぜん森友・加計問題隠しの大義なき解散だと非難を浴びせた。が、当人は耳をふさいで、論点をずらした。二年後に上げる「消費税一〇%の使い道を問う」などという理屈を並べ、そのまま選挙戦に突入したのである。

 安倍晋三がそこまでしなければならないほど追い詰められたのは間違いない。その最大の要因である加計学園問題とは、いったい何だったのか。首相の安倍と学園を率いる加計とは、いったいどのような間柄なのか。実は、国会やメディアが騒いだ割に、そこについては明確な答えを見かけない。

 どんなときでも心がつながっていると安倍が自ら公言した「腹心の友」は、安倍にどのような影響を与えてきたのか。なにより半世紀以上もなかった獣医学部の開設を目論んだ加計に対し、安倍は何をしてきたのか。それらに正面から切り込んだ報道も見かけない。

 安倍と加計はこれまで囁かれてきた以上に深く、結びついている。


 愛媛県今治市に計画された岡山理科大学獣医学部は、開校の条件がすこぶるいい。市が造成した約三十七億円相当のキャンパス用地を無償で譲り受け、施設整備費用百九十二億円のうち、市は愛媛県と合わせて九十六億円を助成すると約束してきた。

 これまで半世紀以上も一顧だにされず、新設認可さえ下りなかった獣医学部のキャンパスが、これほどの好条件で認められた背景はどこにあるのか。小泉純一郎政権から続いてきた私学教育の自由化が、さまざまな大学や学部の設置を後押ししてきた側面もある。

 だが、加計学園の獣医学部計画は、それだけでは説明できない。第二次安倍晋三政権の下で新たにつくられた「国家戦略特別区域制度」が、閉ざされた道を開いたのは、巷間言われてきたとおりだが、獣医学部の新設は、民泊や外国人労働者の受け入れといった他の経済特区構想とも、事情が異なる。

 加計学園の獣医学部新設は、誰にでも開かれた道ではない。まるで加計学園だけのために規制緩和のレールが敷かれ、それに乗ってことが進んできたかのようだ。

 それこそが、国民が首相に対して抱いた依怙贔屓疑惑の原点であり、にわかに安倍と加計との不思議な関係がクローズアップされたのは、ごく自然の流れだったといえる。

「国家戦略特区の獣医学部新設は加計ありきだったかどうか」

 発覚した一連の文科省の文書問題でもっぱらメディアはそこに目を凝らしてきた。しかし、それはややピント外れと言わざるをえない。

「加計学園が前提なのは共通認識だった」

 文書の存在を認めた文科省前次官の前川喜平がそう語ってきたように、政府や今治市、加計学園など当事者のあいだでは「加計ありき」などは自明だった。にもかかわらず、そこに誰も疑問を差し挟んではいない。

 また、その文科省が内閣府と闘い、獣医学部の新設を食い止めようと抵抗してきたかのように受け止められている向きもある。だが、それは軌道修正を試みようとした程度だ。文科省文書が書き残された時点で前川たちは、すでに敷かれた「加計ありきの国家戦略特区」というレールに従わざるをえなかった。それが現実に近い。

 腹心の友に対する内閣総理大臣の依怙贔屓疑惑には、もっと長く深い歴史がある。五十二年ぶりの獣医学部新設に向けたそのレールを誰が敷き、そこで何が起きていたのか。疑惑の核心はそこである。

(本の詳細はこちらから)

候補作一覧に戻る

TOP