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十二月〇日――昨年の事ぢゃ。大晦日の晩であった。K君の家でささやかな年越しの宴を開いていたら、電話が掛かってきた。誰かと思えば、台北に遊びに行ったA氏とO氏が酔っ払って掛けて来たのだ。
二人は地元の知人が案内してくれた山羊鍋屋で、鍋をつつきながら高粱(コーリャン)酒を飲んでいる。
「イヤア、この山羊肉を南條さんに食べさせてやりたい!」
「鵞鳥(がちょう)の前菜がホントに美味い!」
吾輩は涙を流した。余程、元日の飛行機にとび乗って台北に行きたかったが、切符が取れる気遣いはない。泣く泣くK君と中華おせちを貪り食った。
A氏達は今年も台湾で年末を過ごすという。吾輩は、また大晦日に山羊鍋屋から電話が掛かってくると嫌なので、早目に年越しの準備をして、かれらより二日も早く台北の新北投(シンペイトウ)温泉にやって来た。泊まりは定宿の逸邨(イートン)大飯店(星乃湯)である。
昼過ぎ、宿に着くと、帳場の人が「あなたの捜していた本があったヨ」といって、封筒から本を出して渡した。『東坡志林』のコピーを製本したものだった。一昨年ここに来た時捜していた本を、宿の女将さんが台湾大学図書館に行って、コピーしてくれたのである。中華書局・唐宋史料筆記叢刊本(王松齢点校)也。吾輩の持っているのとは版が違うから、有難い。御礼に吾輩の本を一冊女将さんに上げた。
一服して町中へ行き、食べ歩きの参考書を手に入れ、牛肉麺を食べて帰る。晩は近所で簡単な夕食。風邪気味なので早目に寝る。 |
十二月×日――昼前、捷運(市内電車)に乗り、南の終点新店(シンディエン)駅まで行ってみた。駅は川のほとりで、車の往来の激しいところにある。商店街を歩いてみたら、甘藷麺線(サトウキビのソーメン)なる物の店があり、不味かったらお代を返すと看板に書いてあるが、試みる勇気は無し。古びた食堂で香酥溪哥を食す。鱒(ます)の子供のような小さな魚のサクサク揚げ也。
宿に帰り、風呂に入って昼寝。当地のラジウム泉はまことに良い泉質である。
夕方、北投の「鵞肉城」で鵞鳥肉と客家小炒を食す。埔里(プーリ)の老酒は美味也。客家小炒は台湾でよく見かけるが、干豆腐、スルメ、肉、ネギなどをニンニクを入れて炒めたもの。酔後、隣の「呉家牛肉麺」で半筋半肉麺を食べる。まことに美味。 |
十二月△日――一昨日、日本からやって来たK君、M君、A氏、O氏と共に台南へ行き、昨日は台中に泊まった。K君、A氏は台南で飛虎将軍の廟を見てきた由。
今日は台北に帰る途中、新竹で下車して、昼飯を食う。ここは有名なレストランのない町だが、城隍廟へ行くと、お廟のまわりが大屋台街になっている。名物の肉圓(バーワン)と貢丸(グンワン)(肉団子)がそこかしこの店先に並び、呼び込みの声も姦(かしまし)い。奥の小料理屋で宴会をやっている人がいたので、我々もそこで蛙、鰻など肴に一杯飲む。そのあと「阿忠肉圓」という店で米粉(ビーフン)と条と肉圓と【米+果】粽を食べる。肉圓の皮はツルツルして透きとおり、弾力がある。美味也。壁に蒋経国や李登輝の写真が飾ってある。この人たちも食べに来たのだ。
晩は台北で他の友人達と待ち合わせ、「阿春羊肉」という店へ。例の大晦日の山羊鍋の店ぢゃ。山羊鍋、鴨【月+賞】(ヤーチャン)、焼そば美味し。A氏高粱酒でグデングデンに酔う。 |
十二月□日――人数の増えた我々は、昨日から逸邨大飯店の広い別館に泊まっている。ここは戦前の建物で、戸など透き間だらけ。風通しが良く、暖房設備がないから、宿の人が火鉢を出してくれた。
昼、地熱谷の小吃屋で麺を食べたあと、みんなは町へ出かけてしまった。二日酔いのO氏はソファーで寝ている。吾輩は八畳間の蒲団に寝転がって、池田彌三郎の『日本の幽霊』を読みはじめた。この程、中公文庫から復刊されたものだが、幽霊に足があるかないかという、例の大問題を提起した名著である。全体に民俗学の方法を以て貫かれているが、随筆として読んでも味わいが深い。銀座界隈の「世間話」として語られる実話怪奇譚を読んでいると、不条理でイヤーな空気がわだかまってくる。昔の東京の生温い空気ぢゃ。それにフッと鼻先を撫でられた吾輩は、江戸っ子だった曾祖母(ひいおばあさん)のことを思い出した。
今回、吾輩は台湾に二週間もいるので、新しい小説の構想を練ろうと、資料など多少持って来たが、ムダであった。毎日山羊や鵞鳥をパクパク、高粱酒をグビグビと飲み、酔い倒れて過ごしているので、仕事などチイトモやる気が起こらぬ。この日記だって、やっとこさ書いているのぢゃ。
まア良い――このところ、吾輩は働き過ぎであった。しばらくダミンをむさぼって脳の英気を養うことにしよう。幸い、暮れに新作小説『魔法探偵』(集英社)が世に出たので、何とかお正月を迎えることも出来る。三月には、苦心した『ねじの回転』の翻訳も出る。来夏には二冊目の中華料理随筆も出る予定ぢゃ。寝転がって、これらの印税がどしどし入ってくるのを待とうと思う。人生、たまにはのんびりしなけりゃならぬ。弓の絃も張る時と緩(ゆる)める時があって丁度良いのだ。
寝て待って醒めて又待つ果報かな
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