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(17)日本一の田宮ファン──1 |
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「タミヤニュース」は、一九六七年の創刊以来三十七年間、判型も編集方針も変えることなく発刊しつづけているタミヤの広報誌である。
その三ページ目に、創刊号から一号も休むことなく連載しつづけている「模型ファンをたずねて」がある。 |
| 第一号・木村秀政さん(日大教授。肩書は掲載時のもの。以下同)にはじまり、わが社の零戦の出来を銀座の料亭で絶賛してくれた藤井康男さん(龍角散本舗社長)と木村泰造さん(木村屋パン社長)、石坂浩二さん(俳優)、小松崎茂さん(画家)、キャロライン洋子さん(テレビタレント)、アドルフ・パリスさん(模型愛好家)、藤子不二雄さん(漫画家)、アイルトン・セナさん(F1ドライバー)、リチャード・クーさん(野村総合研究所主任研究員)などなど、業界、肩書を問わず、ただただタミヤとプラモデルが大好きという方々にご登場願い、思いのたけを熱く語っていただくページである。 |
| 「タミヤニュース」は、企業が刊行する広報誌にしては珍しく、取材、執筆、原稿取り、デザインにいたるまで全ページを社員が編集する。当然このページを担当した社員は、ご登場いただく方と初対面のことが多いのだが、逢った途端に意気投合し、模型を如何に愛しているかを予定時間をオーバーして拝聴することが通例となっている。 |
| 同誌は今年の五月で420号になる。と同時に「模型ファンをたずねて」の総登場人数も四百二十人を超すわけだ。お亡くなりになった方も含めて、お一人お一人がタミヤにとってありがたい模型の師であり、恩人である。 |
| さて、そのなかでもっともタミヤに熱い思いを抱いてくれている方を一人選べ、といわれたら第246号にご登場いただいた松井康真さんを紹介したい。松井さんは東京都内でマスコミ関係の仕事をしている方だが、記事の掲載時は二十代後半。タミヤとの出会いをこう語っている。 |
| 「小学校3年生の時に親戚の家で1/100ミニジェットのイリューシンとIL28ビーグルとダッソーミラージュVCを組み立てたのがスケールモデルとの出会いでしたね。キットを組み立て終わってパッケージの横を見るとシリーズの他の製品が紹介されている。それを見ているうちに、作りたくなってきて結局ミニジェットシリーズは全部作ってしまいましたよ」 |
| 彼がプラモデルファンになった七〇年代前半は、模型に関する情報がほとんどなかったため、キットに同梱していた組立説明図はいうに及ばず、チラシやカタログまで資料として大切にしてくれた。中学時代にはM4シャーマン・イージーエイトを作り、キャタピラにカッターナイフで切り込みを入れてディテールアップしたこともあるという。 |
| 大学進学のために上京したところ、模型店に「タミヤニュース」のバックナンバーがおいてある。揃えはじめたが店頭にない号をタミヤのカスタマーセンターに申し込んだ。電話で済ますことなく、注文用紙とともにタミヤへの思いを便箋に書きつらねて送ってくれた。それが社員の目にとまり、「模型ファンをたずねて」へのご登場を乞う手紙を返信した、というわけだ。 |
| 松井さんと私が初めて会ったのはいつか、残念ながら正確に覚えていない。東京か静岡でのホビーショーの時だったに違いないのだが、展示会の日はいつも模型業者やタミヤファンの方たちを何十人と紹介されるから、とても覚えきれないというのが本音である。 |
| 二度目に会ったのも東京のホビーショーだった。松井さんが「タミヤのHP(ホームページ)をつくりました」と報告してくれたのをうっすらと覚えている。 |
| 彼は、「田宮模型歴史研究室」なるHPを九八年七月に立ち上げていた。1/35ミリタリーミニチュアシリーズが三十周年を迎えたのを記念して、自分の研究成果を世に問いつつ、田宮模型の歴史をまとめることを目的に、たった一人でタミヤ社員顔負けのHPを立ち上げてくれたのだ。 |
| その話を聞いた時、お気持ちはありがたいと思ったものの、模型屋の歴史を調べることが面白いだろうか、と疑問だった。 |
| (この項つづく・構成/烏兎沼佳代) |