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(15)零戦をつくった男たち──1
田宮模型が、零戦のプラモデルを作り始めて四十年が経つ。前号で紹介した一年遅れで発売された1/32の零戦が、田宮模型としては第八代目の零戦の模型化ということになる。
その歴史を振り返ってみると、開発の歴史はそのまま田宮模型のプラモデル史を象徴しているかのようだ。
零戦は、日本の戦闘機を代表する機種なだけに、その模型化は、初期から様々な苦労の連続であった。
どのキットでも同じことだが、模型化の苦労の比率は、人が七、金が二、運が一といったところだろうか。特に零戦の場合は、天才・奇才達との忘れがたき出会いが多かった。
初めて零戦の模型化に挑んだのは、私がまだ二十代だった一九六〇年代の初頭だ。スケールは、1/50である。
模型メーカーの人間だからといって、零戦のことを特別よく知っていたわけではない。そして、残念ながら日本の空を飛んでいる零戦は一度も見たことがない。パールハーバーの攻撃を行なってから、日本で一番知名度の高い戦闘機となった零戦であるが、終戦間際の本土防空においては、スピードが遅いのみならず、高々度も飛べない零戦では、迎撃機としてもう不向きとなっていたから、静岡の上空でお目にかかれるはずはない。だが、プラモデル草創期は、零戦、大和の時代である。零戦と箱に名がついていれば何でも売れる、という黄金時代だった。
意外に思われるかもしれないが、田宮模型は、零戦のキット化については後発部隊である。日本プラスチックという今はなきメーカーが、日本で最初に零戦をプラモデルにしたという伝説はさておき、マルサン、サンキョウ、イマイなどのメーカーが既にキットを発売していた。
格好よい言い訳をすれば、「零戦を作れ」という経営者と、「アメリカから出ているゼロは格好が悪いから、日本人なら零戦らしい零戦を作れ」という経営者は違うとでも言おうか。とにかく、田宮模型の名にふさわしい、良いキットを作ろうと必死になったのを憶えている。かといって、売れ行きが二倍三倍になるわけではないところが辛いところだが、その論議は、模型屋にとっては二の次、三の次である。
当時は実機を採寸したデータが殆ど無かった。実寸が判明していたのは、全長と全幅くらいのもので、肝心の翼の角度や、「零戦らしさ」という実寸では表われないニュアンスは、雑誌の写真を参照して木型を起こすしかなかった。
困ったことに、写真はときどき嘘をつく。カメラマンの目線というフィルターがかかってしまっているから、アングルやレンズ、撮影した日の天候や環境によって誇張や歪みが生じている。特に望遠レンズだったりすると、その差は大きい。つまり、最初に見た写真によって、戦闘機マニアたちの「零戦らしさ」の基準がひとりひとり違っているということだ。
戦闘機の「らしさ」については、一九六七年に発刊された「タミヤニュース」創刊号で、当時、日本大学教授でいらした木村秀政氏が寄稿している文の一節が、すべてを言い表わしているように思う。
「唯正確と云うだけでなくて、デッサンの確かなものを作ると云う事も大切な事だと思います」
木村氏の言う「デッサン」こそ、零戦に限らず、日本の戦闘機を模型化する時に最も模型ファンを満足させる「らしさ」ということなのだろう。
採寸したデータが無いくらいだから、当然、キットの開発時には、実機は日本に殆ど無かった。しかもこちらは、プラモデル作りの資料にしたいのだから、ダメージを受けていない飛行機を見たい。アメリカでもノーダメージの零戦は希である。
世界中の飛行機の中で、日本の零戦ほど「繊細」という形容詞が似合う飛行機はない。
極端な例だが、アメリカ機は、模型化するのに比較的楽であった。もちろん流体力学が考え尽くされているのは当然だが、完成させるのに職人業(わざ)が必要な手作りの一品物のような日本機の繊細さの比ではなく、エンジンの馬力、つまり力ずくで機体を引っ張って行ってしまう。例えば、グラマンなどを見ると、いかにも直線的で量産型の工業製品であることがよくわかる。
対して、実機の零戦を設計した堀越二郎氏は、たった千馬力という小さなエンジンで、どれほど長距離を飛んで行けるか、という限界に挑戦した人だった。軽量化の進んだジュラルミンや沈頭鋲などを使用することで機体の重量をしぼれるだけしぼったうえに、防弾装置や上空でエンジンを燃やす時に必要な酸素過給機さえも省略されている。
二千馬力級エンジンを四つつけて、八千メートル以上を堂々と上昇するB‐29の前では、せいぜい六千メートルしか上がれない零戦はひとたまりもない。実際、零戦乗りとして名を馳せた坂井三郎氏が迎撃のために日本で昇ってみたら、酸素が薄くて過給機のついていないエンジンでは話にならなかった、という証言も残っている。
こんな零戦をプラモデルにする設計の立役者は、またも橋本健次郎君。そして金型屋は、またも大酒飲みの動物的勘をもつ堅物の天才職人である。才能という奴は、どうも平凡な幸せとは共存したがらないらしい。「天才とはそういうものである」、とここでは常套句だけを書いておくことにしよう。
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