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酒屋に一里 本屋に三里

【第30回】 最終回
×月×日 『知られざる魯山人』(山田和・文藝春秋)を読む。多くの評伝と資料を博捜し、関係者への取材を重ねた熱意に脱帽。没後半世紀近くを経て、魯山人の実像がようやく見えてきた。

×月×日 野中広務元自民党幹事長と野村克也楽天監督という異色の共著『憎まれ役』(文藝春秋)が面白い。京都府の園部(現南丹市)と網野(現京丹後市)出身の「はずれ京都」つながり。野中氏の対加藤紘一氏、野村氏の対巨人への複雑かつ執念深い愛憎が読みどころ。

×月×日 昭和六十二年から始まった東海林さだお氏の「週刊朝日」連載『あれも食いたいこれも食いたい』(単行本・朝日新聞社、文春文庫)が千回になるのを記念して、読者から「東海林さんに食べさせたいお弁当」のレシピを募集した。料理研究家の枝元なほみさんとその選考会。夏の甲子園大会に引っ張り出すなどの下交渉を経て、連載を引き受けてもらうまでには三年掛かりだった。「一年だけでも」と、始めてもらった企画がここまで続くとは、編集者冥利に尽きる。

×月×日 森村誠一氏の新刊『小説道場』(小学館)に、「出版社との相性は、まず編集者との相性から始まる。社命でやむを得ず担当者となった編集者と異なり、愛読者の編集者は百万の味方を得たようなものである。作家はまず編集者を愛読者にしなければならない」とある。作家も大変だが、編集者も苦労は多い。

×月×日 今月から朝日文庫で池波正太郎さんの新版「エッセイ集」(全七巻)が刊行されるが、単行本未収録の小品もあり注目されている。巻末対談を担当することになり第一集『東京の情景』は北原亞以子さん。池波さんのファッションから北原さんが属していた有馬頼義さん主宰の「石の会」にまで話がはずんだ。

×月×日 上田市にある「池波正太郎真田太平記館」でサロントーク。三十人ほどの熱心な池波ファンが出席。池波さんの古い友人、益子輝之氏と久しぶり。池波さんが好きだった市内のそば屋、「刀屋」で、鴨煮と天ぷらと真田そば。

×月×日 三越銀座店で玉村豊男の「新作絵画展」へ。エッセイスト、ワイン醸造家、それに画家とまさに多才。絵の才能は父親(日本画家、玉村方久斗(ほくと))の血筋か。新刊の『絵を描く日常』(東京書籍)では、初めて「絵画論」を開陳し、父親の画業にも論及している。来年こそは東御(とうみ)市の「ヴィラデストワイナリー」を訪ねなくては。

×月×日 世界各地に伝わる食べものに関することわざや慣用句を集めた『世界たべものことわざ辞典』(西谷裕子・東京堂出版)は労作。ポルトガルの「博打と酒で家は破滅」は、まさに小原庄助さんで、「上戸めでたや丸裸」(日本)だ。

×月×日 映画「幸せのレシピ」。レストランの厨房内でシェフを初め料理スタッフが無帽に近いのは、顔を見せたいという映像表現のためだけではなさそうだ。おそらく昨今の傾向なのだろう。結末は「レミーのおいしいレストラン」と「厨房で逢いましょう」に共通している。

×月×日 料理の鉄人、道場六三郎氏が旭日小綬章を受けたお祝いの会がホテルオークラ東京の平安の間で。四百人の着席パーティー。帝国ホテルの田中健一郎総料理長、ホテルオークラ東京の根岸規雄総料理長、クイーン・アリスの石鍋裕氏らと同じテーブル。日本料理の専門家だが、フレンチや中国料理関係に友人が多いのも道場氏ならでは。ゴルフ好きで年に百四十ラウンドをこなしている。

×月×日 北千住は今も宿場町の面影が残っている。その蔵の一つをアトリエとしてユニークな活動を続けているのが、なかだえりさん。今回は銭湯二軒を会場にして、「なかだえり水彩画『大銭湯展』」。足立銭湯組合のPR誌「銭湯といえば足立」の表紙原画などを展示した。東京の代表的な居酒屋「大はし」で肉とうふ。

×月×日 渋谷道玄坂の「天松」で長い間料理長を務めていた上田寛さんが大阪から六年ぶりに帰ってきて自由が丘に新しく「【七×三】(き)」を開いた。奇を衒(てら)わないオーソドックスな天ぷらは、飽きが来ない。

×月×日 毎日新聞専門編集委員の西川恵氏が『エリゼ宮の食卓』(新潮社)などの功績で、フランス政府から農事功労章を受けた。表参道のレストラン「ル・パピヨン・ド・パリ」で叙勲式。主賓は袴姿で「対話と交流は現代社会のキーワード」と挨拶。袴も「交流」の役を果たすということだ。翻訳家の山本やよいさん、新潮社の三重博一氏、講談社の岡本浩睦氏、新世界菜館の傳健興氏、河内屋酒販の樋口佳津江さんなどと懇する。

×月×日 ダージリンティーの輸入販売をしている「リーフル」の山田栄さんが吉祥寺、玉川高島屋に次いで銀座五丁目のあづま通りに「リーフルダージリンハウス銀座店」を開いた。今年のファーストフラッシュとセカンドフラッシュを六種ずつテイスティング。大きめのスプーンで一気に音を立てて吸い込んでいく。干し葡萄やチーズなども紅茶に合う。

×月×日 心地よい酒屋も本屋も数が少なくなり、距離も遠のいているらしい。このコラムも今号が最終回。またいつかどこかの酒場であなたの隣に座ることがあるやもしれぬ。
 長のご愛読ありがとうございました。
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