| のっけから、主人公の性的人間ぶりに唖然とさせられる。 |
| 本、音楽、美術などの批評家デイヴィッド・ケペシュ。一九三〇年の生まれで、小説の冒頭七十歳になっている彼は、若い聞き手(最後まで姿は見えない)に向かってこう語り始める。自分は大学で実践批評の講座も持っているが、最初の授業でどの女と寝ることになるかすぐわかる。さらに、マーク・トウェインの短編のセリフを借りて、露悪癖も覗かせる。「あんたは俺のための肉なんだよ、お嬢さん」。 |
| 彼は一九六〇年代の性革命のさなか、さっさと結婚制度から降りて、二度と檻には戻るまいと決心した。そして、その後に続く変化はこの国が達成した「偉業」だとする。現代のような女性たちがいた時代はなかった。彼女たちは「素晴らしいフェラチオをする女たちの集まり」になった、と。 |
| この『ダイング・アニマル』(フィリップ・ロス著/上岡伸雄訳/集英社刊)は、そんな「肉」好きのケペシュが六十二歳のときにもった、二十四歳の女子大生コンスエラとの情事とその後を描くものである。 |
| 男は女を、まず「肉」として見ているらしい。そのことに気づかされた最初は、三十代。編集者だった時代を少しだけ知っている、ある男性作家の小説を読んだときだった。主人公の男は、女性編集者と打ち合わせをしながら、頭の中で彼女を剥く。まるでお茶を飲むように、とりたてて言うほどのこともない、習慣的な作業として。 |
| 動揺した。マッチョな人ならともかく、同じキャンパスにいたら、男も女もないような“民主的”な付き合いをしていただろうと思わせる同年齢の男性だったからだ。 |
| ゴージャスな肉体を持ったキューバ娘のコンスエラは、魅惑の乳房と、しゃぶりつきたくなるバラ色の乳頭をしていた。最初に寝床をともにしたとき、彼女がたわわな乳房にペニスを挟んでみせたポルノチックな構図は、ケペシュの目をいたく興奮させる。しかし、性的に未熟なコンスエラは、フェラチオが下手。彼は嘆息する。あれでは排水口に放出するのと同じだ、と。 |
| ショック療法よろしく、“指導教授”はある日“従順な生徒”をベッドの背に固定し、自由を奪ったうえで彼女の「口の中にファック」する。その直後、コンスエラが見せたある動物的な本能。ここのところ、いささかフロイト的な気がしないでもないが、獰猛なメスに触れるかのようなこの出来事によって、ケペシュは「肉」が自分の制御外にあることを知る。肉体の固有性を認めることで、若い男に奪われたくないと、初めての嫉妬に苛まれるようになるのだ。 |