文藝春秋 採用案内2018

プロジェクトストーリー2016 文春のデジタル戦略

「紙と電子」、「紙とウェブ」――。電子書籍やウェブメディアが伸張するにつれ、印刷物としての雑誌や書籍は、「紙」と呼ばれ、時に「紙vs○○」と二項対立的に捉えるようになりました。これから出版業界を目指されるみなさんは、強い関心をお持ちだと思います。
 読者の目線で考えてみれば、コンテンツは様々な「形」で提供された方が便利です。当社も、従来の「紙」に拘らない、読者への届け方を工夫しています。ここでは、電子書籍、「Number web」、「文春オンライン」の各媒体の取り組みをご紹介します。
 ただ、「形」は変われど、出版社というコンテンツメーカーが絶対に譲れないことがあります。それは……是非、考えてみてください。

文春 e-Books

編集者が、紙と電子を分けて考える時代はもう終わってます。

電子書籍編集部長 吉永龍太

―― 文藝春秋の電子書籍についてお伺いしたいのですが……。

吉永 マスコミの取材を受けると、「どうやってAmazonに対抗しますか」、「電子書籍がシェアを伸ばしている現在、どうやって紙の出版(文化)を守りますか」という質問をされることが本当に多いんです。そんな時代は終わっているのに。実際のところ、電子書籍のことをあまり理解せずに、結論ありきで聞かれるんです。たとえば、電子書籍の主要な読者の年齢層はいくつぐらいだと思いますか?

―― 20代や30代の若い人……ではないのですか?

吉永 実は紙の書籍と同じで40代、50代の男性が多いんです。『鬼平犯科帳』シリーズの電子書籍版にいたっては、60代の読者が最も多かった。高齢になって小さな文庫本の字が読みづらくなる方にとって、文字を好きなサイズに大きくできる電子書籍の機能は便利で、需要があるんです。電子書籍は若い人だけのものでは決してなくて、むしろ古臭いもの。単に容れ物が変わっただけなんです。
 もうひとつ付け加えると、電子書籍が1冊売れると、その分、紙が1冊売れなくなると思っていませんか?

―― ……はい(笑)。

吉永 出版業界で働く人でさえも、そう考えていることが多くて、本当に不思議なんです。たとえば、司馬遼太郎さんの『竜馬がゆく』は、毎年安定して売れていて、増刷を続けているベストセラーですが、これを電子化してみたところ、紙の売り上げは変わらない一方、そこに電子書籍の売り上げがプラスされた。読者数は、紙と電子書籍のトータルで8倍に増えたんです。紙と電子、どちらが食う、食われるという話ではないんです。
 さらに言うと、紙と電子の両方を扱う書店に取材してみたところ、現状では、紙の書籍を買う人はずっと紙の書籍を、電子書籍を買う人はずっと電子書籍という、紙と電子の二極化現象があるという話もあります。とすれば、紙か電子か選ぶのではなく、両方出すことが、むしろ新たな読者の開拓に繋がるはずです。 複数巻に分かれている小説作品を1つにまとめる「合本」は読者に好評。

―― では、電子書籍編集部の仕事についてお聞かせください。

吉永 電子書籍編集部の仕事は、多岐に渡ります。電子書籍化の交渉、制作、宣伝、営業、コンテンツ管理、オリジナル電子書籍の企画・編集など言わば、何でもやる。会社内の別会社的な要素を、持っています。

―― 直接、電子書籍化の交渉もしているのですか?

吉永 書籍の担当者が著者に頼んでいただく場合が基本です。ただ、電子書籍の場合は、電子化に難色を示される著者がたくさんいること、編集者の電子書籍へのリテラシーが低い場合もあるので、私たち電子書籍編集部が、直接、著者の方に電子書籍の現状やメリットを、説明することもあります。とくに電子書籍ならではの側面を知っていただくのが大事だと思っています。

―― それはどういうことですか?

吉永 「半沢直樹」(TBS系)が大ブレイクしていたとき、原作の『オレたちバブル入行組』はじめ池井戸潤さんの作品は電子化されていなかったんです。交渉の結果、ご許諾をいただき、電子化することができました。そこで売り出したところ、日曜日の放送後に電子書籍の売り上げがガーッと跳ね上がりました。いつでもどこでも買えるので、読者のニーズを逃さずに捕まえることができるのも、電子書籍の強みですね。

―― 又吉直樹さんの『火花』の電子書籍も話題になりました。

吉永 単行本の発売は2015年3月で、実は電子化は少々遅れて6月になったんですが、芥川賞候補になったことでメディアに大きく取り上げられ、単行本が品薄になった時期でした。結果、2週間で1万2000部もダウンロードされました。品切れがない電子書籍でなければ、社としても機会損失になっていたでしょうね。 ただ、紙でも売れている作品の電子版が売れるのは、ある意味当然なんです。埋もれている作品、ベストセラーではない作品を探して売る、あるいは完全オリジナルの電子作品を作る。これも電子書籍編集部の大事な使命だと考えています。

オリジナル作品は「タイミング」と「スピード」勝負!

―― たとえば、電子化で反響が大きかった「埋もれた名作」は?

吉永 そうですね、三好徹著『チェ・ゲバラ伝』、米原万里著『旅行者の朝食』は、時を越えて電子書籍でベストセラーとなり、さらに紙の書籍も売れるという波及効果がありました。

―― そして、力を入れているのが「オリジナル電子作品」ですね。

吉永 オリジナル作品を手掛ける上で大事なのはタイミングとスピードです。紙の書籍にするにはある程度のページ数がないと難しいですが、電子書籍は短くたっていいんです。「週刊文春」の年末恒例企画の「ミステリーベスト10」を切り出して1冊にしたり、2016年話題となったSMAP解散についての関係記事を集めて『週刊文春が報じた SMAP解散までの600日』にしたり。また、近田春夫さんの「考えるヒット」のように、手堅く人気がありながらも、なかなか単行本化されない連載をまとめて電子書籍にすることで、手軽に読めるようにしています。こうした面白いコンテンツが、この会社にはごろごろ埋まっているんです(笑)。

―― 写真集や料理本も出していますね。

吉永 『原色美人キャスター大図鑑017』は、現役女子大生、グラビアで注目されている次世代注目キャスター16名のオリジナル写真集です。2017年のひな祭りに発売しています。『300円でガッツリ一品 楽天レシピ 満足おかず100』は料理スタジオで撮影を行いました。もちろん、費用対効果を考えてコストは抑える努力をしていますが、カメラマンやデザイナー、校閲者にお願いするなどは、通常の編集部と変わりません。オリジナルなものを作る方が、編集部員も楽しいでしょうから(笑)。

―― 小説作品はいかがでしょうか。

吉永 映画「64(ロクヨン)」公開に合わせて、スピンオフ的な短編として、横山秀夫さんの『刑事の勲章』を電子化して配信しました。壇蜜さんの小説家デビュー作『光ラズノナヨ竹』は、400字詰原稿用紙30枚ほどの短編ですが、魅力的な著者近影とともに話題となりました。
『コンビニ人間』発売に合わせて、『ラヴレターズ』というアンソロジーから、そのコンビニ愛を綴ったエッセイ『コンビニエンスストア様』を無料で配信したのですが、プリントオンデマンド版も出していて、1部から印刷可能です。このプリントオンデマンドは、『原色美人キャスター大図鑑017』などの写真集にも広げていきたいと思っています。

―― 写真集となると、専用の紙が必要になりませんか?

吉永 そうしたこと自体が、いずれ古くなるかもしれませんね。つまり、紙にこだわりたい読者は、多少値段が高くついても買うでしょうが、それほどこだわりのない読者は値段が安い電子、そしてプリントオンデマンドで十分、そうなると思うんです。読者のニーズに合わせて、売り方も変わっていくと思います。 「紙では読めない本」をコンセプトに、オリジナルコンテンツ「文春e-Books」を配信。

―― 様々な可能性がありそうですね。最後に今後の展望をお願いします。

吉永 まずは、現在、電子化されていないたくさんの作品の電子化を進めていくことが大切です。村上春樹さんの『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』は、小説では村上さん初の電子化作品として大きな話題となりましたが、各出版社で様々な作品の電子化を進めることが、業界全体を盛り上げることになると思います。
 その一方で、過去の名作の電子化には単に儲けるだけではなく、これまで文藝春秋が作り上げてきた財産を守るという大切な意味もあります。というのも、最近、絶版になっている銘柄を、出版社ではない会社が電子書籍化することがよく見られるようになってきています。出版社が手間暇をかけた数々の作品を、絶版のまま放置してみすみす手放すわけにはいきませんから。
 編集者が、紙と電子を分けて考える時代はもう終わってます。「本はコンテンツとして長過ぎる」という考え方があります。本のライバルは、ソーシャルゲームでありSNSです。他に楽しいものがあるのに、長い時間、本を読んでくれる人が少なくなるのではないか?という発想です。文春の強さはコンテンツを作ることですが、それだけではなく、紙でも、電子でも、読者にとってタイミングがよく、楽しめる作品を提供していくことが、今後ますます求められるようになると思います。

電子書籍編集部長吉永龍太

1989年入社。「週刊文春」編集部、コミックビンゴ編集部、出版局などを経て、2014年より現職。

ウェブメディアに求められることとは?