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私が惹かれる男のたたずまい(山田詠美)
山田詠美
撮影:篠山紀信
――作家生活二十周年という節目で刊行される今回の連作短篇集『風味絶佳』には、肉体労働に携わる男性との恋愛、人間関係が描かれています。今までの小説とは違う味わいが感じられますね。
山田 私が魅力を感じる人たちというのは、デスクワークよりも肉体のスキルを生業(なりわい)とする類の人が多いんです。例えば豪華なパーティーに着飾って出席するよりも、工事現場の脇を通りすぎる時の方がはるかにドキドキします。言葉を扱う仕事をしているのに、言葉にはし難い無意識の感情が突然心に芽生えることがある。私が惹かれるものの正体は何だろうとずっと思っていたのですが、そのことを突き詰めて書いたことはなかったんです。
 今回は、肉体労働に携わる人たちの仕事をよく理解した上で、自分が惹かれる部分を言葉で解明してみたいという欲望がありました。

――最初の短篇「間食」では、鳶(とび)職の男と二人の女性が登場します。主人公の雄太が二人の女性の間を行き来するという行為は、地上と高所を昇降する鳶の職業的な感覚と重なります。
山田 知り合いに鳶職の男の子がいたので、話をきかせてもらったんです。今までは、私も作家的な部分を出さずに付き合ってきたので、彼も仕事に関する側面を見せることはなかった。でも、もっと踏み込んでいかなければ駄目だな、と思って。向こうは取材だというので、多少身構える部分があったかもしれません。それなのに私が聞くことといえば、仕事の後に女の子とどういう会話をして何を飲んだのかとか、ユニフォームは何色かという類のこと。
 もちろん、鳶という仕事そのものについても聞くんだけれども、現場の周辺を事細かに書くのは私の仕事ではない。私にしかない視点で、彼らの日常やその風情から滲(にじ)み出る魅力を描写してみたかったんです。

――職業に関するディテールをおさえた上で、その詳細はあえて書かないということですね。
山田 「間食」に限らず、今回すべての短篇を書く過程で強く意識したのは、知っていることをあえて書かないということです。
 百の知識があって、十しか書かなくても九十のバックグラウンドがあればきちんと言葉が出てくる。でも、十しかない知識を、想像力を先行させて五十、六十に膨らませていたら恐らく彼らを美化しすぎて失敗していたような気がします。だから、知っていることをわざわざ書かないというところに行き着くまでは、書き始められなかった。「間食」の最初の一行が出てくるのに半年くらいかかったかな。

――その間、何を探していたのでしょう。
山田 探していたのは、視点だと思います。最初は、肉体労働者の現場の世界に飛び込んで、彼らの仕事自体を書こうかとも思いました。でも、それでは私がその職業に就いていないので、ウソになってしまう。デビューした時から、絶対にウソは書きたくないと思ってきたし、創作であっても私の言葉では真実であることを書くというスタンスを貫いてきました。だからこそ、私が知らない世界のことが知っていることになるまで、つまり登場人物が私の許(もと)に近づいてきて一致するまで待ったんです。
 肉体労働者のことを描いた作品をいくつも読んだのですが、職業的な部分をメインに書くのは、私の書きたいことではないな、と感じました。彼らをカッコよく書いてストーリーを作りあげようとしているうちは駄目でしたね。
 逆に、もしこの人が自分の恋人だったらどうなんだろう、と考えた時、これでいけばいいんだ、と思ったんです。彼らのたたずまいから漂う風味、私にしかわからない価値観を言葉で表現すればよいんだ、と。そこでようやく登場人物と距離感が一致したという感触をもちました。

――「間食」に出てくる寺内は気になる存在です。彼は鳶職の仲間うちでは異質ですが、この小説をより味わい深いものにしていますね。
山田 道具や体そのものをスキルにしている世界の中にあって、彼は言葉や観念的なものと付き合うことを体現している存在です。言葉と体をつなぐ人と言えばいいのかな。今回の作品集では、すべてにそういう人が出てくるともいえます。
――「夕餉」では、ゴミの清掃作業員に恋をした元主婦が、料理のディテールを魅力的に、言葉で表現しています。
山田 この作品(「夕餉」)を書く前には、ゴミや清掃作業員に関する本や資料を山ほど読みました。今や私は日本一ゴミに詳しい作家になったはず(笑)。でもそこで、あえてゴミのことをメインには書かなかった。
 私の日常生活の中でゴミと最も密接につながっているのは何かと考えた時、料理だなと思ったんです。

――ひたすら料理の手順を書き連ねていくだけで小説を成り立たせている恐ろしく技巧的な作品であるのに、読み手の食欲をひどくそそる。これは、マジックと言ってもいいかもしれません。
山田 もともと料理は好きだし、どのように書いたらリアリティが出るかと考える作業は楽しいものでした。同時に、その料理を無邪気に美味しそうに食べてくれる、いたいけな感じの男こそ、私の理想かな、とも思いました。
――「風味絶佳」では、作者の理想と思われる部分が、男ではなくおばあちゃんになっていると考えてよいのでしょうか。孫にグランマと呼ばせて、赤いカマロを運転する不二子さんは、とても印象的です。
山田 確かに不二子さんは、私の理想像といえます。助手席に男を乗せて必需品とか言っている七十歳のおばあちゃんて、何かいいでしょう。
 この小説では、青梅線を舞台にしたことで広がった部分があります。私のホームグラウンドだから、見てきたもの、体験してきたことを思い出しながら忠実に書いていくことができたと思います。
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