私は、大学時代は仏文科で、小説ばかり読んでいた。いずれは小説家になってやろうという思いもあった。創作する(クリエートする)ということに何よりも価値を置き、ノンフィクションとか、実録ものなどは、同じ活字作品でも、人間の営みとして一段価値が低いものに思っていた。今から考えると、すぐれたノンフィクションにまだ出会ったことがなかったせいだと思う。ところが、大学を出て、文藝春秋に入ると、配属されたのが、週刊文春編集部だったから、仕事上の必要もあって、大量のノンフィクションを読みまくった。その面白さにめざめたら、フィクションの世界に戻れなくなった。逆に作りごとなんぞ下らん、という気分になった。
ということで、司馬さんの短篇小説でも、ノンフィクション的な「アームストロング砲」を推す。彰義隊と官軍の戦争が、アームストロング砲でカタが付けられたという話は史実として知ってはいたが、具体的にどのようにしてということは知らなかった。こういうものを読むと、事実を伝えるのにノンフィクションもいいが、フィクションもまたいいものだと思う。 |