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――『楽園』は、〇五年から約一年「産経新聞」で連載された作品です。『模倣犯』(〇一年刊)のキャラクターで、ルポライターの前畑滋子が再び登場しますね。
宮部 元々この作品のヒントとなったのは、私が見た夢でした。もうひとり姉がいて、私が知らない間に殺害されて家の床下に亡骸(なきがら)が埋められている――という内容で、目が覚めたとき、涙が出そうなほど寂しく悲しかったことを覚えています。当時、私は『模倣犯』を手がけていて、精神的にかなり疲れて暗い夢を見たのだと思いますが、あまりにも鮮やかな夢で、筋立てもくっきりとして、記憶に残りました。「こんなヘンな夢を見ちゃったよ。縁起でもないよねぇ」と家族に話し、一緒に苦笑いしながらも、小説のネタになるな、前畑滋子を関わらせようと、早い段階で思っていました。ものを書く仕事をする前畑は、多分に私とイコールなところがあり、彼女は『模倣犯』で凄惨な事件と向き合ってダメージを受けたままでしたから、もう一度くらい登場させたいと思っていました。
――『模倣犯』の事件から九年経ち、仕事を再開していた前畑は、〇五年五月、「死んだ一人息子は超能力者だった」と信じる五十三歳のパート女性、萩谷敏子と知り合います。その年の三月、十二歳で交通事故死した萩谷等は、不思議な絵をたくさん残していた。屋根に風見蝙蝠(こうもり)がついた家の床下に、少女が埋められている絵があり、等の死の翌月、北千住で火事が起き、焼けた家の床下から十六年前に失踪したその家の長女、土井崎茜の遺体が見つかった――。息子の予知能力に驚いた敏子が、絵のことを話しに前畑を訪ねてきます。
宮部 「第三の目」というものを、子供は持っているんじゃないかな、と思います。上巻はほとんどが絵の謎を追うストーリーで、意味不明で、理屈に合わない、描けるはずがない絵とはどんなものか、想像して書いていくのは楽しかったですね。描いた子はもう天に召されて、「どうして?」と本人に聞けない状況もミステリアスで楽しかったのですが、その子の絵が、土井崎茜という非行少女が両親に殺され、埋められた事件と繋がり、作者の私は、その真相を知っているわけですから、一番陰惨な事件をやがて書くことになり、そのくだりはすごく重たかったです。
――連載前の下準備の段階で、犯人が被害者の亡骸を床下に埋め、生活していた事件が都内で発覚したそうですね。現実に奇怪な犯罪があり、茜のように家に居場所がないと思う子供がいるから、重たい事件を書くことになるのでは。
表裏一体の二作
宮部 現代ものを書くと、どうしても犯罪小説に近くなります。ミステリーは、どれも犯罪小説の側面を持っていますし、特に私は日常に近いところを舞台にし、社会面的なつかみ方をするので、なおさら生々しくなるのだと思います。それと、連載時期がかぶると、二作で表裏一体になるものを書く傾向があるようです。犯人を書かずに周りの人物だけを書いた『理由』と、犯人像をクローズアップした『模倣犯』がそうでした。『楽園』は、昨年出した『名もなき毒』と表、裏になっています。『名もなき毒』も問題行動を起こす女性の話で、いったんは彼女から逃げ出した家族は、それでも親子だから彼女を引き受ける努力をしていきますが、『楽園』の家族は、茜に対してまったく違う決断をします。
――今回、『楽園』というタイトルを据えて書き始められましたが、この楽園とは、どんなイメージですか?
宮部 家族のひとりを殺して埋めるほどの凄まじい状況でなくても、家族の中から誰かが排除され、それで家族がまとまり、幸福に暮らせるというのは、もしかすると現実にあるのかもしれない。家族に限らず、引き合いに出すのは畏(おそ)れ多いですが、例えば松本清張氏の『砂の器』は、過去を隠して幸せになっていた人が、過去が暴かれそうになって人を殺す話です。何かを排除しないと幸せになれない、そんな楽園もあるのだろうと。キリスト教の考え方には疎いのですが、アダムとイブが追放されたという、楽園のありように興味をひかれます。日本の土着宗教や、仏教とは違う考え方ですね。私自身は古いタイプの日本の人で、「悪いことをしたら、うちの近所のお稲荷さんは許してくれない」と思うほうですから(笑)、今回の作品は、私の本来的な価値観と違う考え方が少し入っています。
――前畑は四十代になり、萩谷敏子、長女を殺(あや)めてしまった土井崎向子という母親たちに会っていきますが、「母親」を書いているところが宮部さんらしい気がしました。
宮部 意識していませんでしたが、上巻の多くを占める「萩谷家の過去」は、書きたかった部分です。今の家族はそれぞれが個人で、親が子の人生を制約するのは人権の侵害とされます。ただ、少し前までは、もっとも経済力がある人に家族全員が従う時代がありました。萩谷家には、ちやという家長がいて、彼女が“千里眼”だったのは小説ならではの誇張ですが、彼女の影響下で敏子は自分の人生を作っていった。私たちは家父長制を悪いことと切り捨ててきましたが、個人の自由ばかり尊重しても、全部家長の言う通りにしても問題が起きるならば、どちらが正しいということはないのではないか? と対比してみたくて、萩谷家の歴史にスペースを割きました。敏子くらいの年齢の人の過去を書くと、戦争の話が入ってきて、戦争は遠くないんだなとも思いました。 |
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