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「走る」ことを軸にした僕の個人史(村上春樹)
村上春樹氏
撮影・小平尚典
――今日も走ってこられたんですか。
村上 さっきプールに行って1600メートル、泳いできました。今日みたいに暑くて湿気の多い日に走ると消耗が激しいんです(九月十九日)。特に都会では厳しいですね。郊外にある自宅にいるときは少々暑くても走ります。都心と違って朝夕は気持ちいいから。週に四日ぐらい走ってあとは泳いでますね。
――以前、「村上朝日堂」のホームページで村上さんがインタビューに答えて、「朝17キロ走りました。昼1500メートル泳いで夕方また13キロ走りました。今日はちょっと特別です」と書かれてるんですが。
村上 それは本当に特別です。毎日そんなにやってたらもちませんよ。時間もないし。いまはだいたい一日に五十分から一時間、距離にすると8キロから10キロです。
――走り始めて二十五年になりますが、こんなに長く続けられると思っていましたか。
村上 二十五年先みたいなことまでは考えてなかったですね。ただ、好きなことなので自分の性格からいって、けっこう長くつづけていくだろうなとは思ってました。小説を書き始めたのと同じで、走るのもわりにすんなり自然体で始めましたから。性格にあわないことって長くは続けられませんよね。
 学校の体育で笛の合図で何かやらされるみたいなのは嫌いだったけど、走るのは苦にならなかった。高校は神戸だったんですが、学校の行事に六甲山の尾根を10キロほど走るというのがあって、これがなぜか男子だけで女子は沿道からの応援、ほかの男子が通ると「頑張って」っていうのに、僕のときはなぜか「村上君、無理しないで」と声がかかる。別に無理してなかったんだけど(笑)。まあ、スポーツ少年というイメージじゃなかったから。

――なぜマラソンなのでしょうか。
村上 日常的に走り始めたのは、『羊をめぐる冒険』を書き終えた直後くらいです。専業小説家としてやっていくことを決心した、三十三歳のときでした。デスクワークですから、身体を鍛えなくちゃと思って始めました。体重管理のこともあったし。
 走るのを選んだのは、スポーツの選択肢としてほかになかったということもあります。千葉の習志野に住んでいたんですが、今は知らないけど当時はとにかく田舎で、気のきいたジムなんてどこにもない。だけど道路だけはありました。それから近くに大学のグラウンドがあって、朝早く400メートル・トラックを走らせてもらったり。


贅肉がつくと頭の働きが鈍くなる

――ゴルフとかはおやりにならないですね。
村上 小説を書いて翻訳をして、走って泳いで、ある程度家庭サービスをして、それから中古レコード屋に行ったりしてると、それですぐ一日が終わるんです。ゴルフをやらない、漫画を読まない、雑誌の連載はなるべくやらない……、というようなのは好き嫌いというよりは、純粋にプライオリティー(優先順位)の問題なんです。そういうことにまでまわせる時間が現実的にない。でも運動のための一時間だけは、何があってもとりあえず確保します。
――体重とかは変わらないですね。
村上 二十五年前とほとんど変わらないですね。体型の変化で少しだけ増えましたけど。
 贅肉がつくと頭の働きが鈍くなるんです。小説を毎日書いていると、今日は頭の回転が「いい」、「悪い」というのが微妙にわかります。大事な言葉がひとつ浮かんできたり、浮かんでこなかったりする。若いうちはなんだっていいと思うんです。体力と才能があれば、たいていのことはのりこえられます。だけどある年齢を過ぎると、心身共に贅肉を落としておくことがけっこう大事になってきます。
 僕は書き直しを何度もやるんです。例えば今年三月に出版した『ロング・グッドバイ』(早川書房)は翻訳ですけど、八校くらいまで出してもらいました。何によらず書くものって、時間をかけて手を入れれば入れるほど必ずよくなるんです。しかしそれをこなすためにはどうしても体力が必要になってきます。腹に力を入れ続けなくちゃならないから。
 ものを書く人は、長く書き続けたいなら身体を鍛えろとまではいわないけれど、体力を維持する努力をしたほうがしないよりはいいし、規則正しい生活を送ったほうが送らないよりはいい。そう思います。あくまで個人的な見解ですが。
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