津本陽さんが大東流合気柔術の達人、佐川幸義宗範(そうはん)の足跡を辿(たど)る小説を上梓された。佐川氏は昭和初期の謎の武道家、武田惣角(そうかく)に師事し、その境地をさらにひろげ、前人未踏の域に達していたという。格闘技に造詣が深く、『餓狼伝』などの格闘技小説でも知られる夢枕獏氏をお招きし、この神秘の武道、合気について大いに語っていただいた。
津本 初めて私が東京小平市の佐川幸義先生の道場を訪ねたのが、先生がちょうど八十五歳の誕生日のことでした。
夢枕 八十五歳で門人に稽古をつけられていたのですか。
津本 ええ、そうです。ただし、佐川先生は投げたり、突きとばしたりするのではないんですよ。見た目には、わずかに体を動かしているだけなんです。
その日、相手をされた門人は、武道諸流派で修練をつみ、日本柔道の源流といわれる「竹内(たけのうち)流小具足(こぐそく)腰廻(こしのまわり)」で次郎(免許皆伝に継ぐ位)を得た武道家、高橋賢(まさる)氏と、大東流を学ぶ前に合気道四段、剣道三段で当時筑波大学の数学の助教授だった木村達雄氏、ともに当時四十歳の方たちです。
高橋氏が先生の手首をつかむと先生は手の指を開いたようにみえました。すると高橋氏が「あっ」と叫んで床に尻もちをつくんです。木村氏と高橋氏が両側から先生の稽古着の襟をつかむや二人の体が宙に舞いました。三〜四メートルはとんだでしょうか。
夢枕 以前、舞踊関係の人で、弟子を十人くらい並べて「気」で倒す、というのがありました。
津本 あれは弟子のほうがとんでるんです。その方が先生の道場に来られたことがあります。形だけまねたんでしょう。
夢枕 武道のビデオなどで相手をとばしてる映像は結構ありますね。だけど、やはり技を掛けられている人たちが自分でとんでいるというのがわかってしまうものが多いですね。
津本先生は佐川さんに直接、技を掛けられたことはおありなんでしょうか。
津本 ええ、稽古に何度も通いましたし、取材でもたずねたことがあります。
たとえば、先生の胸の辺りをつかんだ瞬間、腰が砕けて床に崩れ落ちるんです。そのときはとばされませんでした。手加減してくれたんでしょう。
合気の一番の根底にある技で合気揚げというのがあるんです。相手に抑えられた手を力を入れずに上にあげるんです。
夢枕 どんなふうに抑えるんですか。こうですか。
(夢枕さんがソファに腰掛け、そろえた膝の上に手を置く)
津本 はい、それを上から抑えます。
(津本さんが対座して夢枕さんの両手首をつかみ抑える。夢枕さんは腕をあげようとする)
夢枕 あがりませんね。
津本 力ではないんです。初心者でも百回もやれば少しはあがるようになりますよ。
わたしが先生の手を抑えたときはすっとあげて投げとばされました。とばされているときは気持ちがいいですね。
夢枕 痛くはないんですか。
中国武術の方で蘇東成(そとうせい)という武術家がいるんですが、寸勁(すんけい)といって、手を相手の身体に触れた状態で当ててとばすんです。「気」ではないんですが、どすんとくるから痛い。ブルース・リーなんかが、ワンインチパンチと呼んでいたものですね。佐川さんのは痛くないんですね。
津本 痛くないんです。気持ちいい。道場にいくたびにまるで魔法にかけられたような気分になるんですよ。
夢枕 たとえば合気道だけでも様々な流派があって、みんな教本やビデオを出して、大体うちが最高、といっていますね。
津本 他の流派だと弟子が師を超えることができると思います。諸流派は「力」ですから、三十年もたてば師が衰えて追い抜くことができます。
佐川先生は九十五歳で亡くなるまで、誰も超えることはできなかった。亡くなる前の日に木村氏を投げとばしてます。「合気」は力ではないんです。