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時代小説を書く愉しみ(宇江佐真理×諸田玲子)
宇江佐真理
(うえざまり)
一九四九年、函館市生まれ。函館大谷女子短期大学卒。九五年、「幻の声」でオール讀物新人賞受賞。『深川恋物語』で吉川英治文学新人賞、『余寒の雪』で中山義秀文学賞を受賞。近著に『憂き世店』『卵のふわふわ』がある。
諸田玲子
(もろたれいこ)
一九五四年、静岡県生まれ。上智大学文学部英文学科卒。外資系企業勤務を経て翻訳、作家活動に入る。二〇〇三年、『其の一日』で吉川英治文学新人賞を受賞。近著に『末世炎上』『山流し、さればこそ』がある。
大好評の人情時代シリーズ、宇江佐真理さんの「髪結い伊三次」も、三月でついに六冊目。新作『君を乗せる舟』の刊行を機に、シリーズの魅力を存分に語っていただいた。
宇江佐 お久しぶりでございます。
諸田 メールのやりとりをさせていただいてるので、しょっちゅう会ってるような気がしますね。
宇江佐 そうですね。去年、東郷隆さんの新田次郎文学賞受賞パーティで諸田さんともご一緒したんですけど、そのときのことで今でもよくおぼえているのは、東郷さんが、時代小説家たるもの火縄銃くらい……。
諸田 撃てなきゃいけない(笑)。
宇江佐 鎧兜も着られなきゃダメだという持論をおっしゃってすごく面白かった。
諸田 それで思うんですが、宇江佐さんは北海道に住んでいらっしゃるのに、江戸の人情というか、裏店(うらだな)の様子などの描写がすごく細かくて、ほんとに臨場感がありますね。
宇江佐 無手勝流なんですよ(笑)。このあいだも「江戸弁を特別に勉強したんですか」って聞かれたんですけど、いやいや、勝手にやってたら何となく江戸弁になっていたと……。私の住んでいる函館の浜言葉みたいなのが、どこか江戸弁に通じるところがあったのかなって、そういうふうに思うんですけど。ま、案外アバウトに(笑)やってるんですよ。
諸田 「髪結い伊三次」は、宇江佐さんにとってはいちばんの核というか、デビューのときから書いていらっしゃるシリーズですよね。自分の故郷のような感じですか。
宇江佐 そうですね、親戚、縁者のような気持ち。
諸田 ね、読んでるほうもそう感じます(笑)。ようやく結婚した、ああ、子どもが生まれた、とかね。
宇江佐 ちょうど三月でデビューして十年になるんですよ。
諸田 じゃあ今回の『君を乗せる舟』は記念の作品ですね。
宇江佐 そう。偶然なんですけどね。そこまで文春さんが心配りをしてくれたとは思ってないですけど(笑)。伊三次の出てくる「幻の声」という作品で賞をいただいてデビューしましたので、十年たってまだ書いていられるというのは、非常に果報者であるとしみじみ思ってます。
諸田 シリーズ物が長く続くってうれしいですよね。
宇江佐 そうですね。
諸田 他のものをいろいろ実験的に書いても、やっぱり帰っていけるところがあるというか。
宇江佐 ほっと気を休めて書けるところがあります。そういうシリーズを持っていることが心の拠り所ですね。
諸田 このシリーズは、これからもずっと書き続けられるんでしょう。
宇江佐 そうですね、体力が続く限りは(笑)。ずっと書き続けていれば、長い長い長編になるわけですよ。最後はほかの仕事を全部ことわっても、きっと伊三次は書いてるんじゃないかしらって思ってますけどね。
諸田 そもそも、なぜ主人公に髪結いを選んだんですか。
宇江佐 巡り合わせなんですよ。「幻の声」はオール讀物新人賞への応募作として書いたので、何とか審査員の目に留まらせたいと、そういう気持ちも若干はあったと思うんですよね。小説をものするには、私は三つの要素が必要だと思っているんですが、このときは、廻り髪結いという職業が、昔、同心の小者に使われることが多かったというのを知ったことと、それから雑誌の「髪結新三」の特集号で髪の結い方を見たこと。そしてもうひとつ、新聞のコラムで、ある女性が盆踊りに一週間通いつめたという話があった。なぜ通いつめたかというと、櫓の上で歌っている男の人の声がお父さんにそっくりだったからっていうんです。その三つの要素が集まったときに、「あ、なんかできそう」と思ったんですね。
諸田 新人賞に応募したときは、こんなに長く続くとは思っていなかったと……。
宇江佐 ええ、もちろん。
諸田 読み切りの短編として書いたんですね。
宇江佐 これで終わりだと思っていたんですよ。ところが新人賞というのは、じつは受賞作よりも受賞第一作が大事なんですね。せっかく受賞しても第一作が書けなくて消えていく人が多いんです。私も長年応募してたものですから、そのあたりの事情が何となくわかるようになっていて、さあ受賞第一作だ、何を書いたらいいんだろう、と考え込んでいたんです。そのときに、もうお亡くなりになりましたけど、当時、オール新人賞の選考委員をなさっていた白石一郎さんが選評で、「これは連作になりそうだ」ということをおっしゃった。よーし、連作にしよう、続きなら、ひとつめが受賞作なんだから無下にはされないだろうと。
諸田 もっと続きが読みたいという人も出てくるはずだし。
宇江佐 まだそこまで行ってないの。とにかく編集者からOKが出るようにという、その思惑が当たった(笑)。
諸田 それがもうここまで来たんですものね。今回、久しぶりに読み返して、やっぱり伊三次シリーズ、好きだなと思いました。私、伊三次の妻のお文(ぶん)さん(文吉)が好きなんです。
 たとえば、『紫紺のつばめ』で揺れる心を抱えるお文さんがつばめの一途さに嫉妬するとかね、そういうところで私はハッとするの。ほんとは一途に伊三次を思っているのに、彼女には彼女の生き意地みたいなのがあって、素直な奥さんになりきれず、『さんだらぼっち』では長屋を飛び出しちゃう。
宇江佐 実はね、あそこから飛び出させたのは、私自身がお文を長屋で暮らさせたくなかったの(笑)。もうちょっといいところに住まわせたいなと思って(笑)。
諸田 伊三次に家を買わせるのに成功した(笑)。
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