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(いまがわ・ひでこ)
一九五〇年、福岡県生まれ。日本女子大学国文学科卒業、同大学院修士課程修了。北九州市文学館開設準備専門研究員。学習院大学、日本女子大学兼任講師。編著に『林芙美子 巴里の恋』『林芙美子 放浪記アルバム』などがある。
(こやの・あつし)
一九六二年、茨城県生まれ。東京大学文学部英文科卒業、同大学院博士課程修了。二〇〇二年に『聖母のいない国』でサントリー学芸賞を受賞。『もてない男』『すばらしき愚民社会』『俺も女を泣かせてみたい』など多数の著書がある。
今川
『文學界』での一年半にわたる連載が、いつ単行本化されるかと、楽しみに待っておりました。連載中は、研究者の端くれとしてお恥ずかしいのですが、読んだこともないような小説や評論が紹介され、大いに知的好奇心を刺激されました。今回、一冊の本になったことで、改めて「恋愛」思想の流れを俯瞰できるのではないでしょうか。
小谷野
ありがとうございます。毎回読んで下さり、感想を頂いたり励まして頂いたりして、大変筆がはかどりました。
今川
「恋愛」にまつわるあらゆる資料を渉猟され、博覧強記の小谷野さんならではのお仕事と敬服しました。一方で、共感しないなとか、そこまで言ってしまっていいのかなと思う部分があるのも正直なところですね。
『狭き門』や『巴里に死す』などを「気持ち悪い」「不健全」などと断定されてしまうと、それは違うでしょうとも反論したくなるわけです。
小谷野
今川さんとは世代が一回り違いますよね。
今川
対談をお引き受けした直後、しまったと思いました(笑)。この世代の一回りは大きいですからね。
小谷野
前に今川さんとお話した時に、「今の若い人は、恋人同士であれば、セックスしているのが普通だ」と私が言ったら「えっ、そうなんですか」という反応をされたんです。
今川
「普通」とは言えないんじゃないかと思ったのです。恋愛に関して、小谷野さんと私とでは考え方や捉え方の上でかなり違っている。リアルタイムで享受している者と、後から考察する者との間には当然、ズレが生じます。私の世代は団塊の世代の最後で、私の上が学生運動をやった世代。私たちは遅れてきた青年じゃないけれども、高三の時に受験勉強をしながら安田講堂の攻防を見ていて、東大入試がなかった学年なんです。
その頃は、お嫁に行くまではきれいな体でいなさいと言われていましたし、そういうものだと思っていた人が大半ではなかったかしら。私自身も、男の人は童貞でなくても構わないけれど、女性は処女でなくてはと、疑問も持たずに愚かに思っていましたね。勿論、そうでない人もいたわけで、学生運動そのものが、そういった旧弊な考え方を壊していこうとするものだったのですから、そういう意味では過渡期だったと思います。
小谷野
当時は、『されど われらが日々――』などが読まれていたのですか。
今川
ええ。大学生にとっては必読の書でしたね。「六全協」以後の左翼学生たちが描かれていて、妊娠中絶して自殺した女子学生の遺書もありましたよね。共感したのは、節子さんが、女は男の何倍も努力しなければ男並みに認められないと、潔く別れていくところかな。だから私も頑張らなければと。
小谷野
それでは、大橋文夫という主人公がわりあい簡単に東大の女子学生と肉体関係を持ちますけれども、そのあたりは実際の大学で存在したこととして認識されていましたか。
今川
まあ、そういうこともあるのだろうな、と。でも、それが普通のこととは思っていなかったですね。それに自宅通学で親から管理されている女子学生と、そうでない場合とでは、自由度は随分と違っていたように思います。
さて、そろそろ本の内容に関しておうかがいしてもよろしいですか。
「恋愛」というものは、明治期になって日本に輸入され、北村透谷あたりから使われたもので、それ以前は日本に「恋愛」はなかったと言われていますが、小谷野さんは否定されてますね。
小谷野
恋愛の定義にもよると思うのですが、江戸時代の人情本はすでに恋愛小説ですね。坪内逍遥は人情本の体裁にならって『当世書生気質』を書きました。ただ、人情本の場合は、女は常に男に惚れていて男は常に色男であると決まっている。それを打破したのが二葉亭四迷です。ゴンチャロフの『断崖』という小説をネタにして、リアリスティックな恋愛、つまりうまくいかない恋愛もあるということを最初に書いたのが二葉亭です。
今川
「失恋小説の誕生」の章でも久米正雄に触れられていますね。身も世もなく女に恋する男の恥?
小谷野
恥というよりも、その頃は存外、久米正雄に同情する声が多かった。
今川
あの頃というのは、男たちが上昇志向というか立身出世の願望と同じように、よりアッパーな女性に憧れ、恋愛の対象となっていたわけですね。
小谷野
そうそう。
今川
それは今でもありそうですね。
小谷野
違いがあるとすれば、久米正雄が恋した夏目筆子は別に大卒ではないということです。今は男がお嬢様に憧れる時は、相手の女性は大卒でなければならない。聖心女子大とかね。
今川
どうしてそこで聖心女子大が出てくるの(笑)。でも逆に、東大の男性は、モテたでしょうね。
小谷野
山田太一が『ふぞろいの林檎たち』で、三流大学だからモテない男だというふうに描いて、一方で東大の国広富之は愛人もいて非常にモテるわけです。私が東大に入ったのが一九八二年ですが、あの当時は東大に行っていない人々というのは、東大生というだけで、モテモテだと信じていたんですよ。
今川
そうでしょうね。恋人としてはともかく、結婚相手としてはモテたということは否めないでしょう。
小谷野
いや、それは私の実感とは違うんですよ。私の周囲にも、結婚相手としてすらモテない東大生の男というのは確実に存在しました。
今川
私の周囲は、それこそ恋愛結婚イデオロギー、つまり恋愛相手と結婚する、恋愛が全てという考え方にすっかり染まっていたと思います。見合い結婚、いえお見合いにくる男性を軽蔑するような風潮さえありました。でも一方で、お嬢様たちはちゃんとお見合いして結婚していましたね。
小谷野
恋愛結婚イデオロギーは世代にかかわらずいつも強固ですよ。恋愛がなくてもセックスはしていいと思っている人はいても、結婚するのに恋愛なしというのは、今の若い人には考えられないことだと思います。また、時代が変わって、恋愛に対する考え方が変化しても、結婚するまで処女、童貞という堅物は常に一定量存在します。
今川
それは面白い論ですね。
小谷野
一方で、いまや女子高生が処女であることが恥ずかしいという漫画があるわけです。
今川
それは漫画での世界であって、実際は多数派というわけではないでしょう。
小谷野
確かに多数派かどうかという判断は難しいですね。日本では性意識に関する本格的な調査がいまだ一つもないんです。「モア・リポート」というのがありますが、これは「モア」を読んでいる人しか答えていない。つまり、金が出ないんですよ、本格的な調査をやるには。キンゼイ研究所のあるインディアナ大学が金を出すというように、そんな金を出した大学なんてないでしょう。
今川
確かにないですね。少子化政策でお金を使うんだったら、もっと基本的なところで実態を調査した方がいいのかもしれません。
小谷野
そうなんですよ。それは文科省でやってもいい。
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