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わが自説の“ネタ本”(成毛眞)
 経済と企業に関する新書の魅力はなによりも、そのもっともらしさだ。学術書を除くと、この分野の単行本はゴーストライターがいる聞き書き本であったり、対談で一冊でっちあげたりと、多彩な作り方をしているのにくらべ、新書の場合は一人の著者が編集者にお尻を叩かれながら必死に書いている風がある。
 聞き書き本と対談本をだしている当人が言うのだから間違いはない。しかも新書はイデオロギーが鮮明であったり、研究レポートの延長であったりして不思議な魅力がある。
 なによりもソファで寝そべって眺めるように読める。シリアスな内容の本ほど、より批判的に読める。いっぽうで小馬鹿にしながらも読了し、内容に納得してしまい、自説のごとく言いふらすことがあるのも新書が多い。
 そのひとつの例は『ハリウッド・ビジネス』(文春新書)。タイトルだけ見るといかがわしいハリウッド映画興行ビジネスの内幕ものを想像させる。失礼ながら著者のお名前もカタカナでミドリ・モール。これまた怪しいジャーナリストのペンネームの匂いがする。しかし、ご本人はロサンゼルスに住む米国弁護士であり、裏表紙のご本人の写真は美女である。
 著者の写真が入っているのも新書の魅力だ。単行本で著者が登場するのは自費出版に近い自伝物だけだと思う。写真付きは講談社、ちくま、文春の各社。なしは岩波、ブルーバックスなど老舗系であろうか。名が知れたら岩波新書で一冊だしたいという著者の気持ちはわからなくもない。そのころにはお年を召しているであろうから、写真は勘弁してほしいはずだ。ちなみに写真なし系新書の代表的ベストセラーは『大往生』。
 閑話休題。この『ハリウッド・ビジネス』、じつは非常に内容の濃い本である。法律家からみた著作権ビジネスとその判例集などといったものではない。産業全体の概観からはじまり、裏話的な著作権騒動の具体例とつづき、企業間競争分析、最後には映像ビジネス全般の将来像を提示しているのだ。それもそのはず、著者の夫君は現役の映画関係者であるという。図版も豊富に使っていて新書ならではの出来上がりである。
 これまで最も自説のごとく言いふらしたのは『人口減少社会の設計』(松谷明彦・藤正巖/中公新書)である。人口減少は厳然たる未来であるという認識のもと、その未来は決して悲観するべきものではないことを、まともな経済原理を使って解説してくれる。
 たしかに爆発的人口増加のなかった西欧社会や、人口停滞があった江戸時代が安定的に運営されてきたことから見ても、やにわに危機を煽ることよりも冷静な分析から始めたほうが良い。本書においてこの冷静な分析が可能になったのは共同著者の藤正氏が物理学を専門としていることが大きい。
 物理学では、閉鎖空間において使用できるエネルギーは有限であり、だから「右肩下がり」が通常の過程であると著者達はいう。したがって人口減少社会では物理学などの知識を利用した新しい経済学が必要であり、新しい経営原理が求められるともいう。恐ろしく実験的な著作だと思われるかもしれない。しかし、分析の手法はきわめてオーソドックスで、昨今のテレビエコノミストの連中では真似できない内容なのだ。
 私はこの本が単行本でなかったことを嬉しく思っている。単行本でベストセラーになり、似非(えせ)エコノミスト達との不毛な神学論争に巻き込まれる可能性がないからだ。新書のもう一つの効用である。
 宝島社新書でもビジネス関連書を出している。なんと『盛運!仕事の風水』(鮑黎明)。中国人、とりわけ香港のかたと仕事をすると必ずといっていいほど風水の話がでる。オカルト、超自然、霊など一切信じない、その意味で唯物論者の評者だが、風水は妙にハマる。なにかお茶目な感じがするからだ。どこかのカルト教団のように死後の地獄を持ち出して脅すわけでもない。人間のありかたを論ずるのに超自然現象を使うのでもない。机の方角を変えるともっとお金が儲かるけど、そりゃあんた次第だよ、謝謝、という感じが好ましい。
 その意味で宝島社の出版物であることが大きいし、定型の表紙を使った新書であるがゆえに買って読んでも恥ずかしくない。これが風水表をモチーフにした表紙に金赤のこしまきでも付いた単行本だったら、書店で手にとるのも憚られる。
 とかく新書は名のごとく、その時代に密着した本が多い。自宅に五百冊以上のブルーバックスを持っているのだが、宇宙論や量子力学の分野であっても、十年前の本は完全に時代遅れになっている。とりわけ経済・経営分野はその傾向が強く、論文的に現状分析をしているだけの本であっても、結果的には大きな間違いや誤解が後日判明することがある。
 この分野で出版を決意する著者は勇気があると思う。しかし、その中でも数年たっても色あせない本もある。『シティバンクとメリルリンチ』(財部誠一/講談社現代新書)などがそうだ。この本が書かれてから、モチーフの一つとなった住友銀行は三井住友銀行になったし、多くの前提が変化したが、結論であるリテール市場を制する金融機関が勝つこと、そしてその鍵はホスピタリティであること、という結論はいまだ色あせない。新書から学ぶことのできない企業や産業もあるのだ。
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