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「赤い長靴」と夫婦の不思議(江國香織)
――これは結婚十年の子供がいない夫婦の物語ですね。『きらきらひかる』も夫婦の話ですが、こんなに格闘している夫婦の物語、江國作品では初めてじゃないですか。
江國 そうですね。初めてだと思います。
――妻の日和子が夫の逍三に一所懸命話しかける。でも逍三は答えられないのか、答えがないのか、答えてくれない。
江國 妻にしてみると、言葉が、まるで夫に通じないという驚き。でも何かそれゆえに、すごく奇跡みたいに美しい瞬間が生まれてしまうことがある。そういう瞬間が書けたらいいなと思っていたんです。
――小説の話を、そのまま一般社会に当てはめてはいけないけれど、女の人たちの語りかけに、男たちがうまく答えられないという感じが、今の社会の中にもあるんですかね。
江國 多いと思いますよ。
――でも、妻の問いかけに答えられない、この夫に、僕はどこか愛着を感じてしまうんですけれど……。
江國 みんな同情的。私もだんだん逍三に同情してきて〈ちゃんと言葉にしてくれないとわからない〉と言い張ったりする多くの女の一人として、ちょっと反省したりもしました。
 でも小説家としては、恋人の恋愛感情や気持ちが冷めてしまったというようなことを、言葉や仕草で読者にわからせる楽しみがありますよね。たとえば「ため息をついた」とか、「嫌そうな顔をした」とか書いて。でもこの逍三は、それが見えない人物。嫌そうな顔もしないけど、嬉しそうな顔もしない。「愛してる」とも、「そんなことわかってるだろう」とも、そういう言葉を言わない人物というのは書いたことがなかったので、難しかったけど、面白かったですね。

――その「言葉」というもの。江國さんの小説は、ある意味では、その「言葉」をめぐって、すべて書かれていると言っても過言でないと思います。新作の冒頭の「東北新幹線」にも「どうして私の言葉は通じないのかしら」と日和子が逍三に訊いた日のことが記されているし、山場の一つである「煙草」でも「どうしてあなたには言葉が通じないの?」と、逍三の言葉の無さに日和子が怒っています。そういう「言葉」をめぐって全面的に書いてみようとした面もあるんですか。
江國 ええ。それはこの小説を書くときに一番強く思っていたことです。言葉は人格そのものだし、その場で発生するものだと思うので、この小説に限らないんですけれど、そういう言葉が発生するのが面白いんですね。たとえば恋愛小説なら、使い古された言葉でも、愛し合っている人同士の間で「愛してる」と言う言葉は、もうほんとに今、そこで泉のように湧いた言葉。だからあんなにめろめろになっちゃうということを書きたいのです。この小説では、言葉を信じている人間と、そんなに言葉に頼っていない人間というのが一緒に暮らしたときの溝みたいなものをすごく書きたかった。
 さらには、言葉ってすごく不思議で、正論を吐くと、気持ちとして負けるところがあると思うんですね。

――はい、はい。
江國 とくに片方が寡黙だった場合とか、取り合わなかった場合に、正論を吐いたり問い詰めたりということをきちんとやってしまうと言葉は負けるんですよね、たぶん。そのことが面白いとも思い、悲しいとも思う。でも、そうすると、言葉では届かない場所というのがきっとあるんじゃないか。それが多くの夫婦を夫婦たらしめているような感じもして。
――「煙草」の中で「私、あなたといるとどんどんさびしくなっていく」とか、散歩しながら言葉で妻が夫を問いつめて、破局が訪れそうになるところがあります。その直後、「青木」さんの家の前まで来た時、夫がいきなり、青木さんの家を指して、「青木なのに、白い家なんだね」と言う。この場面、爆笑ですね。日和子もあまりのばかばかしさに、弾けるように笑ってしまう。言葉の届かないところ。笑うしかないところ。この瞬間、何かがきらきら輝いています。
江國 そこは、自分で書きながら笑ってしまったところ。
――逍三には、たいへんな危機回避能力がある。崖っぷちまで追いつめられて、あんな破天荒なことが言える。
江國 逍三は言葉が不自由な人という設定なんですが、実はすごく言語能力が高いのではという疑いもありますね(笑)。
――「言葉」の関係でいうと、江國さんの小説の特徴として、主人公が「嘘」とか、「秘密」を大切にするというのがあると思うんですけれど……。
江國 えーっ、嘘ですか。
――ええ。嘘とか、秘密とか。
江國 たとえば……。この小説もですか?
――この小説だと、タイトルの『赤い長靴』のことが、まさにそうですけど。夫がプレゼントしてくれたクリスマスのお菓子入りの長靴を奥さんが捨てずに、ずうっと持っている。そのことを妻は、夫に黙って、秘密にしている。
江國 あ、そうですね。

言葉にとらわれた動物

――江國作品には、その秘密や嘘が作品全体を支えているという感じがあるんです。たとえば短篇集『すいかの匂い』の表題作だと、玄関にお客さんが来たと叔母に嘘をついて家出して、お化け屋敷みたいなところに行きますし、その世界から戻る時には「学校は好きか」と聞かれて、学校なんか少しも好きじゃないけど、「好き」と言わないと元の世界に帰れないような気がして、「大好き」と嘘をつく。そうやって帰ってきた後も家出の夜に見たことを「叔母にも両親にも話していない」。つまり嘘と秘密がいっぱいの作品です。
 他にも『きらきらひかる』の最後に、夫・睦月と同性愛の関係にある紺が行方不明になる場面があるけれど、実は妻・笑子と紺は連絡を取り合っていて、夫に秘密にしている。それが明らかになると「私たち、嘘をつくことなんて何とも思ってないもの」と笑子は言っている。最近作では『間宮兄弟』の最後に弟・徹信が本間姉妹の妹・夕美に抱擁される場面がありますが、その事実を徹信は兄に秘密にしている。

江國 はあー、そうか……。
――この『赤い長靴』でも、タイトルの場面の秘密は作品全体を支えているという感じがあります。
江國 そうかも。それは全然気がつかなかったです。でも、これを書いているときに愕然としたことがあって、それは日和子が「ほんとうのこと」を追及したいんだけれども、そしたら間違いなく別れることになる、だからもう「ほんとうのこと」が追及できなくなった、というのを書いたときです。自分で書いておきながら変ですが、すごく怖くて。「ほんとうのこと」を追及したら別れざるを得ない夫婦がどれだけいることだろうって。夫婦じゃなくても、お友達同士でも親子でもいいんですけれど、壊れる関係というのが……。
――そんな時、嘘や秘密は、人間が生きていくうえで実はとても大切なものなのではないかなあ。
江國 たぶん私にとっては、それは関係をうまく維持するために大切なのではなくて、自分を維持するために大切なものなのだと思います。自分も相手も、ちゃんと孤独に、一人、ここにいてほしいというときに、双方に嘘とか、言わない部分がどうしても必要なんですね。
――『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』の表題作で、語り手の女性が家族と食事をする場面で、自分と一緒に住んでいる男が「ママによろしく」と言っていたと母親に嘘を言うところがありますね。男はそんなこと全然言ってないのに。あの場面で、すごく強いものが生まれてきます。
江國 そうですね。自分で自分を確認する嘘。母親への気遣いというよりも、かつては少なくともあった愛情とか責任とかをきちんと引き受けたいがための、利己的な嘘ですね。現在の自分を肯定するとか、強く保つというための嘘ですよね、それはやっぱり。
――今回の『赤い長靴』だと、「ほんとうのこと」を全部知っちゃうと、完全に突き詰めちゃうと、別れざるを得ない。それと対応している反対側のところに、タイトルになる赤い長靴、夫が知らない秘密がある(「箱」)。
江國 そうですね。でも怖いですよね。赤い長靴は夫からのプレゼントだから。他の人からもらったものを隠してるなら、いかにも秘密ですけど、夫からもらった長靴のお菓子を嫌悪感を抱きながら、でも捨てられないという秘密って、どうしていいのかわからないような秘密ですよね。でも、夫婦の間ってそういうことがたぶんいっぱいあるような気がして。
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