──浄化作戦で新宿の街の雰囲気は変わったんですか。
馳 変わらないですね。そりゃ当初は一斉に外国人は姿を消したけど、今はもっと巧妙にやっているでしょう。ああいうところは社会のガス抜きなんだから、栓をしてしまったらいかんですよ。弱者に厳しい社会は本当に嫌な社会ですね。
──馳さんはバー「深夜プラス1」とか、新宿にいらしたことがあって、その浄化作戦や、外国人とかをかなり身近に感じられたのではないですか。
馳 皆が思っているほど特に新宿にこだわっているわけではないですよ。だけど象徴的な街なんです、新宿は。犯罪者もいるし、中国マフィアもいるし、真面目に働いているやつらもいる。
新宿浄化作戦とかは、それらを一緒くたにしてしまう、その想像力の無さが嫌なんですよ。やっぱり画一的な考え方を壊してやりたいというのが俺の中にあるんでしょうね。壊せなくとも、この辺でちょっと暴れとかないとダメだろうなというのが。
近頃、日本て右傾化してるじゃないですか。だいたい不景気になるとナショナリズムを刺激するような雰囲気になる。中国人や韓国人に対する、特に若者たちの「なんちゃって右翼」に俺自身の反発もある。外国人が増えればそれに比例して外国人の犯罪が増えるのはしょうがないじゃないか、というのがある。日本人の犯罪もひどいじゃないかと。犯罪の増加と外国人の増加を単純に絡めることに疑問があります。外国人がいなくなったら日本の産業は成り立たないんですよ、特に底辺の仕事は。日本人は仕事がないといったって、そういう仕事はやりたがらないんだから。いったいどうするんだ、と。本の中にも少し書いたけど、ビザをあげてちゃんと税金を取ればいいんですよ。どうしてそういうことができないのか。いつまで単一民族国家という幻想にしがみついているんだと。
──六月に国会でアイヌを先住民族と認めることを求める決議が採択されました。
馳 二千年も三千年もたっていれば、もうどうでもいいことだけど、ふつうに考えれば、大和朝廷の中にいた人たちやその周りの人たちの中には、大陸や半島から来た人たちがいるわけでしょ。それが、俺たちは単一民族だ、というのはいったい何なんだろう。社会はもっとバラエティに富んでいるほうが正常だと思うんですよ。日本だけじゃなくヨーロッパでも景気のいいときには外国人を呼んでおいて、不景気になると排斥しようとする。その単純な思考が嫌ですね。
信念と自己疑問のバランス
──馳さんの小説の主人公の中には、破滅へと向かって加速していくタイプがあります。織田の場合は人を救いたいという思いから暴走していきます。一般的に考えれば、いいこと、プラスなのに逆にマイナスに向かってしまう。根っからの悪人ではないですね。
馳 救急救命士にしたからそうなったんだと思います。医者でも消防士でも根底には人を助けたいというのがあるじゃないですか。だから悪人にはしきれない。だけど人を救いたいという思いは、逆説的に傲慢だと思う。
──織田も独白で「人を救いたい。だけどそれは自己満足だ」といってます。行動では滅茶苦茶なことやっているけれど共感はできます。
馳 善悪の問題で、絶対悪、絶対善てあるのかというと、そんなものはないんだから。人に対する親切心だって、非難するわけじゃないけど個人的なことですよね。だから、どこかで自己疑問を挟ませたくなるんです。信念はあるけどそれで本当にいいのかと。結局そのまま行ってしまってもね。
何が正義かはわからないけれど、正義を声高に叫ぶやつが一番こわい。テロだってやるほうにすれば正義ですよ。そのときに一人ひとりが本当にこれでいいのっていう疑念を持たないのかっていうことです。常に自分の行動を検証しないとバランスが取れない。一瞬立ち止まって考えるということを現代人はできなくなっているんですよ。
──都庁もこの小説の重要な舞台になります。弱者に対する権力の象徴ともいえます。小説の中でその新都庁の雨漏りの話がでてきますが、本当なんでしょうか。
馳 事実ですよ。バブル全盛のときに建てて、それから十数年で雨漏りがひどいんだって。それを直そうとすると何百億、下手をすれば一千億円以上かかるっていうんですから。だから、修理したくても直せない。もう、都にお金は無いでしょうからね。オリンピックも招致しようとしているし。
──六月に小社から刊行された平松剛(つよし)さんの『磯崎新の「都庁」』という本に、磯崎さんの言葉として「役所側の都合でバカでかいものが出てきて。で、なおかつそれが、都民のためのものじゃなくて、単純に官僚の執務空間であるとすれば、それはあんまり気持ちよくないような気がするんですけどね(笑)」とあります。
馳 これはこの小説に書いたんですが、都知事室が低い階層にあるんです。なぜかというと、はしご車が届く階に設定されているわけです。職員たちの安全より、まず自分の命を最優先させたんですよ。