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< 著者インタビュー >

「攻めの失敗」「守りの失敗」

堂場瞬一(どうばしゅんいち 作家)    聞き手「本の話」編集部
堂場瞬一さん

今年で、作家デビュー十年になる堂場瞬一さん。スポーツ小説『8年』で小説すばる新人賞を受賞し、その後、警察小説「鳴沢了」シリーズは累計百五十万部という大ベストセラーとなった。堂場さん文春初登場となる『虚報』は新聞記者を主人公にした意欲作。堂場さんに本作への思いを聞いた。

――新聞記者を主人公にした小説を刊行するのは『虚報』が初めてだと思います。今回、この職業を題材に選んだ理由を教えて下さい。

堂場  失敗をテーマにした小説を書きたかったんです。人はどんな職業でも失敗をしますよね。その過程をじっくりと書きたかった。失敗は、「攻めているときの失敗」と「守りにいくときの失敗」があります。新聞記者は、この二つの失敗がすぐに判明する職業だと思います。特ダネのつもりで書いていて、間違えてしまうという「攻めの失敗」、抜かれるという「守りの失敗」ですね。

――「失敗」とは、ずっと考えていたテーマだったのですか。

堂場  「失敗の研究」というフレーズだけが頭の中をぐるぐる回っていたんですよ。どんな小説も主人公は失敗しますよね。それが挫折となり、乗り越えていくというのがひとつのパターンです。しかし今回の小説は、失敗したまま終わってしまうというか、失敗を素材のまま提示してしまおうと思った。安易な救いを作らないで、素材を丁寧に描き、あとは読者に考えてもらおうと思いました。考えてみたら、最初から最後までひどい話なんですよね。

――いえいえ、そうは言いつつも、一級のエンターテインメント小説になっています。あらすじを簡単に紹介します。主人公の長妻厚樹はアラサー世代です。大手新聞社・東日新聞の長野支局から東京本社社会部へ異動してすぐに、「ビニール袋集団自殺」を取材します。何人かが集まって、睡眠薬を飲んだ上にビニール袋をかぶって窒息するという手口の自殺が全国で発生したわけですが、この自殺に有名大学教授のサイトが関与していると週刊誌がスクープし、大学教授が記者会見を開いて、自殺を容認するような発言をしたことで、報道は過熱していきます。もう一人の主人公、社会部遊軍キャップの市川博史と組んで長妻は取材を進めますが、他紙がスクープを出す一方、東日は遅れをとります。アラサーの長妻、四十代の市川、それぞれの世代の焦り、抱える問題を浮き彫りにしながら、物語は進んでいきます。
  で、お聞きしないといけないのは、ご自身が新聞社勤務であることです。

堂場  ですので、小説にすることを避けていた部分もあります。知っていることを話してはいけない職業上の倫理もありますから。ただ、このテーマには一番向いていたんです。

――記事の書き方、原稿の送り方もそうですし、社食のメニューとか、机の乱雑さ、支局の様子など、さすがと思わせる描写が随所にあります。

堂場  いや、けっこうウソ書いてます(笑)。小説的なウソですのでお許し下さい。本当のことって、書いてみると意外につまらないんですよ。

――社会部記者を主人公にしたのは何故ですか。

堂場  新聞記者の核の核の部分は社会部の遊軍記者だと思っているんです。記者クラブなど関係なく、自分の能力だけで取材をしていく。ここが弱い新聞社は駄目だと思います。

――今回、自殺という非常にデリケートな問題を扱っています。これもひとつのチャレンジですね。

堂場  戦前に、三原山火口への連続投身自殺がありました。一年で何百人という、とてつもない数です。この事実を知って、自殺というのは最近だけの問題じゃなくて、日本人は、自殺に流されてしまう瞬間があると気づきました。『虚報』の構成を考えているときに、練炭自殺が多発していたから、このようなことを考えたんでしょうね。ただ、自殺について書くのは難しくて。死んだ人の側からは書きたくないし……そのとき、新聞記者を絡ませればいいんだと思ったんです。自殺は、他人を巻き込まないで死んだ場合、警察は問題にはしません。しかし、社会現象になったら、新聞記者は取材せざるをえない。新聞記者の視点を使うことで、自殺を客観的に見ることができないかと思ったんです。

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