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恋は一神教 性はアニミズム(谷川俊太郎×野中柊)
たにかわしゅんたろう
一九三一年生まれ。一九五二年『二十億光年の孤独』でデビュー。選りぬかれた日本語表現で常に詩壇に衝撃を与え続ける詩人。翻訳、劇作などでも活躍し、著作多数。最新作『あのひとが来て』(マガジンハウス)は谷川俊太郎+谷川賢作+山本容子の詩と音楽と版画によるコラボレーション。
のなかひいらぎ
一九六四年生まれ。立教大学卒業後、渡米。NY州で三年半暮らす。一九九一年「ヨモギ・アイス」で海燕新人文学賞を受賞し、デビュー。近著に『参加型猫』(マガジンハウス)、『ガールミーツボーイ』(新潮社)、『ひな菊とペパーミント』(講談社)などがある。
谷川 新刊の『あなたのそばで』、楽しく読ませていただきました。登場人物の抑制が効いてるのがいいですよね。
野中 抑制効いてました?
谷川 効いてますよ。この小説って、登場人物のトラウマみたいなものを出してないでしょう。少なくとも他人をひどく傷つけるような形では出ていないですね。その辺のコントロールの効き方が、読んでて快いという感じがしました。
野中 『あなたのそばで』は、はじめて恋愛小説を書こうと決めて書いた連作なんです。いままでは物語の中に恋愛のエピソードが出てくるとしても、たまたま恋愛も出てきた、みたいな感じでした。
谷川 僕にも結果的に恋愛詩といわれる詩はあるんだけど、書くときに恋愛詩というふうに意識しませんね。もう一つ、この作品で好きなのは、死後に物語がつながってるところ。特に三話目の「イノセンス」が好きですね。恋愛って、いま、ここのものなんだけど、それがいつまで続くだろうかという不安と、できたら永遠に好きでいたいという気持があって、それに対して、その不可能性が死という形で見え隠れしているというところがありますよね。
野中 私自身恋をすると、急に死を意識するようになります。恋愛していないときは日常って果てしなく続いていくような気がしているんですけど。
谷川 それから、ああ、いま死んでもいいっていう気持にもなるでしょう、なんか、すごい幸せだと。昔からエロスと死は、すごく近いところにあったわけだから。
野中 そうですね。私、恋愛って、人生における瞬間の輝き、つかの間の美だと思っているんです。ずっとこの桜を見ていたいと思っていても、時がくれば散ってしまうし、降る雪をずっと見上げていたいと思っていても、いつか降りやんで春になってしまう。時の流れそのもののように、恋愛は儚(はかな)くて、とどまらないものというイメージが強くあります。
谷川 わりと伝統的、日本的な心性ですよね。もののあわれ的な恋愛観。だから今度の本を読んでもどこか安心する感じがあるのかもしれないね。西欧ふうの恋愛って、もうちょっと激しいよね。激しいし、濃いし、めんどくさいし、こんがらがってる(笑)。
野中 密室での関係は鬱陶しいぐらい濃いけれど、それを作品にするときには、濃い部分をことさらに書かなくたっていいじゃないの、と思ってるんですよ。
谷川 でも、人間のそういうところを描くのが小説で、俺はここまで深く人間性を追求しとるぞ、みたいなのがけっこうあるからね。そっちのほうが純文学では偉いことになってるんじゃない? どっちかといえば。
野中 ああ(笑)。そうなんでしょうか。
谷川 でもあなたは、読者を幸せにしたい、快くさせたいって気持があるんじゃない? 僕なんか、このごろ、そういう気持が強いんですけど。
野中 この作品を書くときは、読んだ方が幸せになってくださったらいいな、と祈るような気持で書きました。恋をすることも、恋を失うことも、どちらも人生の素晴らしい時間として全面肯定できるように、と。
谷川 後味がいいもの、どの短編も。それから、どうせと言っちゃ悪いけど、どうせ文学なんだから、現実からは離れてるわけですよ。読んでて、このとおりの恋愛なんかできるはずないじゃないって、どうしても思うよね。
野中 うそォ。
谷川 できるんだ。
野中 したい(笑)。
谷川 したいというのとできるというのと、違うじゃないですか。
野中 でも、できると信じてればできるんじゃないでしょうかね。
谷川 うふふ、相手があることだからね、自分は一所懸命、できると思っててもね。
野中 そうですよね、そのとおりです、おっしゃるとおりですけど……(笑)。
谷川 それは文学というものの宿命でさ。この物語では登場人物が、直接の関係はないのに場面でつながっているわけでしょう。そういう構造をみると、やっぱり文学だなって思うんだよね。現実世界では、ここで読み取れるような関係性を一遍に知ることはあり得ないし、もっと複雑微妙にこんがらがってるはずなのに、きれいにつながってる。でも快いんだよね。全部ごちゃごちゃ書いちゃったら、別に小説読まなくても現実で結構、ってことになる。僕もすぐ、詩は全部美辞麗句で嘘八百だって言うんだけど、みんな文学にそういうものを求めてるくせに、そうじゃないようなふりをする読者って、けっこういるよね。
野中 でも私、谷川さんの詩を読んで、美辞麗句だと思ったこと一度もないです。
谷川 それは、あなたの詩はへただと言われてるのと同じです。
野中 え? 私、谷川さんの詩を読むたびに、人生そのもの、世界そのものだって思いますよ。
谷川 美辞麗句というぐらいに言わないと、みんな作者の人生と詩を結びつけるから。
野中 フィクションを全部体験だと思い込まれることはありますよね。
谷川 困るんだよね。僕、「イノセンス」に出てくる瞳子さん、好きなんです。現実には不倫したり浮気しているわけだけど、そういうのが雰囲気として全然出てきてなくて、そこがいい。だいたい、不倫とか浮気とかっていう分け方はすごく粗雑で、週刊誌の見出しみたいじゃない。男と女のあいだの微妙な感情やモラルを、何もとらえてないでしょう。本当はとても豊かな深い世界があるのにね。だから瞳子さんにそういう意識がないところはすごくいいと思いますね。あの人はでも、ちょっと、そういう自分が汚れてるとかって言うじゃない。
野中 一人の男の人に執着できないということについて、それが自分の汚れのような気がするってことを言いますね。
谷川 あそこで「汚れ」という言葉が出てきたのは、ちょっと違和感があった。
野中 瞳子さんは百人の男の人と寝てようが、そのことは汚れと思わないと思うんですけど、でも、誰かのことを本当に好きでずっと一緒にいたいんだという、一人の男の人に対する執着が持てないということについて苦しみがあるんだと思う。
谷川 それは汚れじゃないと思う。
野中 だけど、そういう身になったら、とてもつらいんじゃないか、というふうには思われませんか?
谷川 僕は、執着するということに対して一種の劣等感みたいなものがあるんです。つまり自分に情熱が足りないって思うことがあるけど、それを汚れだとは思わないな。そう、執着といえば、恋愛って一神教になっちゃうんだよね。なんかキリスト教みたいに。
野中 あ、そうそう、そうですよね。
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野中柊著