訳者より

津田大介(つだだいすけ)

翻訳家。上智大学文学部卒。ビジネス、経済を変幻自在の日本語にのせて華麗に訳す。『私はこうして受付からCEOになった』(カーリー・フィオリーナ)のような女性CEOの手記から『資本主義と自由』(ミルトン・フリードマン)『大暴落 1929』(ジョン・K・ガルブレイス)『マッキンゼー 経営の本質』(マービン・バウワー)のような古典まで守備範囲は広い。

本書の著者タラ・ハントは、カナダのアルバータ州サンダーという小さな田舎町で育った。著者自身のウェブサイトhttp://www.horsepigcow.com/によれば、農場で牛と一緒に暮らしていたにもかかわらず、大の都会派だという。

タラは本書を上梓した後の2009年7月にサンフランシスコを離れ、カナダに戻り、現在はモントリオールを拠点に活動している。

彼女はブログで、サンフランシスコを離れる理由について次のように綴っている。

大好きな街を離れるのは、次の冒険に旅立つときが来たから。サンフランシスコは触媒のような街で、これまで当たり前と思ってきたことに次々と疑問を抱かせ、新しい考え方に気づかせてくれた。でもここに住み続けるのは、ずっと学校にいるようなもの。いまは学んだことを生かすときだ、と。

現在はコンサルティングや講演が中心で、二冊目の本を書く準備もしているようだ。顔が広くて友達が多く、どこからかちゃんと仕事の依頼が舞い込む、というのはウッフィーのなせる業にちがいない。2009年には、ファスト・カンパニー誌が選ぶ「テクノロジー関係で最も影響力のある女性」の一人に選ばれている。

タラのサイトはイラストや写真が効果的に使われ、ブログも充実していて、見て楽しく、読み応えもある(個人的には、ツイッターのタラ流使い方の記事がおもしろかった)。本書を読んで著者に興味を持たれた読者は、ぜひ一度のぞいてみることをお奨めする。ちなみにURLにある“horsepigcow”は、直訳すれば「馬豚牛」ということになるが、これは相手の名前を度忘れしたときのタラのママの口癖だそうだ。「ハイ、ジェームス。あら、ジェイクだったかしら。えーと、ウマブタウシ、とにかく元気にしてる?」という具合に使うらしい。

自身のプロフィールの中で、タラはマーケティングについての持論も展開している。マス・マーケティングを始め、マスなんとかの類は大嫌いだという。消費者はあくまでも生身の人間であって、ターゲットなどではない。一人ひとりが生きて、呼吸し、考え、感じ、自分が一生懸命働いて稼いだお金をどう使うのがいちばんいいか、思い悩んでいる。人は単にモノを買うのではなくて、希望や物語や思い出を買うのだ……。

こうした考え方は、本書にもよく表れていると思う。ここではもう一つ、ブログから興味深い記事を取り上げて、あとがきに代えたい。

記事のタイトルは、「ウッフィーの算数 ── 0と500とどっちが多い?」。本書の書評を影響力のあるブロガーに書いてもらいたいから、誰に献本するか20人選んでほしい、と出版社に言われたタラは、さっそくツイッターで「私の本を読んでみたい人、いる?」と希望者を募る。そして担当者に伝えたところ、「ふつうの人ではなく大物ブロガーに献本したいのだ」と難色を示された。憤慨したタラは、こう書いている。

「大物ブロガーが、ハイハイとすぐに私の本を読んで書評を書いてくれるはず、ないでしょ。みんなものすごく忙しいし、何十冊も書評を頼まれているのだから。20人に献本したとして、読んでくれるのはたぶん一人か二人。で、書評を書いてくれるのは0人ね」(このあたり、タラさん、なかなか冷静である)。「でも」と彼女は続ける。「私をフォローしてくれていて、私の本を読みたいって言ってくれた人なら、20人のうち半分は読んでくれるでしょう。そのうち半分が書評をブログに書いたとして、それぞれに100人の読者がいたら、500人が書評を読んでくれることになる。ウェブの世界では、ふつうの人のブログを100人が読むというのは、けっして誇大な数字ではない。そして、0と500では500の方が多いことは、誰にでもわかるでしょう」と。

これが、「ウッフィーの算数」である。いまでは誰もが影響力を持てる。今日ブログやツイッターを始めた人も、明日には影響力を持てる。TechCrunchのマイケルだって、読者0人から始めて、2年足らずで100万人に読まれるようになったのだ、とタラは熱く語っている(この記事には50件近い熱烈なコメントが寄せられた)。

本を進呈された人はウッフィーをもらい、書評を書いた人はウッフィーをあげ、それを読んだ人がまたクチコミで……という具合にウッフィーは流通し、増えていく。まさに本書のメッセージを端的に表す記事だと感じたので、ここにご紹介した次第である。

このタラの記事に刺激をうけ、日本版では100冊の見本を一般の人々に進呈する試みをすることになった。この本のツイッター公式アカウントtwnomicsで、先着100名を募った。条件はたったひとつだけ。ツイッターでもブログでもSNSでも何でもいい、この本についての感想をウェブ上のどこかで書き込んでほしい、ということだ。日本の版元である文藝春秋の「ウッフィーの算数」がどうなっているか、気になった読者はちょっと検索してみてください。

それでは最後に、この本との出会いをつくり、愉快な本に仕立て、たくさんのウッフィーをわけてくださった文藝春秋の下山 進氏に心から感謝申し上げ、また丁寧な仕事をしてくださった校閲の方にもお礼申し上げて、あとがきを終えることにしたい。

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