――タイトルの“第二音楽室”について伺いたいのですが、通われていた学校に屋上教室があったとか。

佐藤公立の小学校でしたが、当時は――何年前だろう、四十年近くですかね? ――都心の小学校でも四、五クラスあったんですよ。生徒数が多かったためか、音楽室が二つありました。第一音楽室は、二階にあり、グランドピアノや音楽家の肖像画がある重厚な雰囲気。 第二音楽室は、階段を上りきった先の屋上に部屋がありました。隣は体育倉庫でした。屋上でも、体育の授業や部活をしていましたからね。

――何部にいらっしゃったんですか。

佐藤三年間、ポートボール部で、屋上での活動でした。色々、思い出のある場所なんです。体育倉庫にも、こっそり潜り込んで、それこそ秘密基地みたいに使って遊んだりしましたし。

――屋上は、なつかしい場所だったんですね。

佐藤ええ。自分の中にそういう屋上のいいイメージが強く残っていたのと、第二音楽室は、ピアノが一個ポーンとあるだけの、簡単な造りの教室だったんですけど、場所柄、光がたっぷり入る明るい教室で、その時の音楽の先生も優しかったし、すごくいい思い出なんです。

――合唱を除き、二作品全五篇で四つの楽器が登場しますが、それぞれどういういきさつで選ばれたのでしょうか。

佐藤最初の「第二音楽室」は鼓笛隊の話で、ピアニカです。私たちのころ、大人数でやる楽器はリコーダーだったんですけど、今は、ピアニカなんですね。このお話では、生徒が減っているせいで、鼓笛隊の中の“大勢”が少なくなってしまって生じた微妙な状況を書いてみようということで、ピアニカになりました。
「FOUR」のリコーダーは、別册文春編集部のYさんがたまたまリコーダーアンサンブルの経験者で、面白い話を聞かせていただいたので、という経緯です。 この小説には、元は自分の中に別の物語があったんですね。もっとドラマっぽい、架空のストーリーを持っていたんですけど、Yさんの話を聞いていたら、ドキュメンタリーのほうが面白くなってしまって。こういうのは私にはよくあることで、昔書いた『イグアナくんのおじゃまな毎日』もスラップスティックなナンセンス・ストーリーの腹案を持っていたのに、取材先で話を聞くうちに、現実のエピソードのほうに夢中になってしまったことがあって、今回も、それとまさに同じでした。

――「裸樹」は軽音部の物語、楽器はアコースティック・ギターですね。

佐藤「裸樹」は、成り立ちとして要素が二つあるんです。
中学・高校時代、フォークソングやニューミュージックのようなアコースティック・ギターの弾き語りがとても好きだったんですね。自分でも弾こうと思ってギターも買い、残念ながら弾けるようにはならなかったんですけど、でも一生懸命弾こうとしたり、聴いて感動していたころのことを書きたかった。もう一つは、今の十代の子供たちがかなり厳しい世界で生きていることを、一度は書かなきゃいけないと思っていたということがあります。書きたいというより、一冊の本の中で複数の物語を作る時に、それを避けてしまうのは、書き手としてどこか正しくない気がしたんです。

――「裸樹」は切実な話ですよね。

佐藤学校は、私が中高校生だったときと比べて、格段にサバイバルな世界になっている気がします。

――原因は何だと思いますか。

佐藤あまり断定したことを言ってはいけないように思いますが、結局、世間には色んな人がいて色んなことをし ているということを許容する能力が、今の子はわりとない気がするんです。今時は、空気が読めないと生きていけないじゃないですか。でも、空気を読む、なんていう発想はあまりなかったですね、我々のころは。私は、十代のころは、まず自分らしくあるためにはどうすればいいのかということを考えて生きていました。でも、今はそうじゃないかもしれない。集団の中でどれだけ自分がうまくやっていけるか。ポジション取りはどうするか。それは、自分の個性を見出すとい うこととは逆のベクトルなんですよね。「裸樹」の主人公はいじめられた経験がトラウマになって、ビクビクして生きているわけなんですけど、今の子の多くは 自分の居場所があるか、周りに攻撃されたりしないか、敏感でありつづける彼女のような部分を持っていると思います。

  
School and Music シリーズ/ 佐藤多佳子
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