田中真紀子長女記事 小誌はなぜ報じたか
小誌三月二十五日号の出版禁止の仮処分決定を受けて、その是非を問う議論が巻き起こっている。小誌はなぜ田中真紀子氏長女の私生活に関する記事を掲載したのか。取材の経緯から、最終的に掲載を決断した理由、さらに長女側とのやりとりまで、改めて検証したい。
 まず、今回の記事を掲載した背景には、長い「前段」があることに触れておきたい。小誌はこれまでも政治家・田中真紀子氏の資質を問う多くの記事を掲載してきた。中でも二〇〇二年四月から報じ始めた「秘書給与詐取疑惑」は、東京地検特捜部に告発される事態に発展。真紀子氏はこの疑惑について十分な説明責任を果たすことができず、八月には議員辞職した。
 そして、真紀子氏が表舞台から遠ざかっていた昨年一月末、小誌は、真紀子氏の長女の結婚についての記事「真紀子長女が母の猛反対を押し切り結婚 スクープどうなる後継問題?」(二〇〇三年二月六日号)を掲載した。今回の長女の私生活に関する記事のもとになったものである。
 長女の結婚に関する記事を掲載した理由は、二つある。一つは、本人同士の結婚の意思が固いにもかかわらず、取材過程で真紀子氏が結婚に猛反対していたという情報を得たことである。その事実は、初当選以降「主婦感覚」を標榜し、家族との仲の良さをアピールしてきた真紀子氏の表向きの言動とはあまりにもかけ離れたものであり、改めて、その資質に首を傾げざるを得ないものだと考えた。
 一般論として、有権者は政治家の政治活動のみで判断して投票行動を起こすわけではない。その政治家の私的な部分も含め、全人格を見極めた上で投票行動を起こすものである。それゆえに、多くのマスコミは著名な政治家の過去や家族との関係などを取材し、その人物の全人格を掴み、読者に情報を提供しようとする。
 もう一つの理由は、長女の結婚という事実は、田中家の後継者問題に関係するものだからだ。前年に真紀子氏が議員辞職した際、後継者候補として真紀子氏の長男の名前が挙がった。このときは、多くの新聞やテレビが長男の実名を記して、後継者候補の有力な一人だと報じた。だが、長男は報道の直後に「将来を通じて自分に政治家になる意思はない」というコメントを発表した。真紀子氏には長男、長女、次女の三人の子供がいるが、彼らとその配偶者は有力な後継者候補になり得る。これは、現在の本人の意思とは関係ない。
 真紀子氏が日本鋼管のサラリーマンだった直紀氏と結婚したのは一九六九年のことだが、結婚直後に、当時自民党幹事長だった田中角栄氏はこう話している。
「娘は政治家(と結婚するの)はゼッタイにイヤだといっていたし、わたしもまた、政治家だけはやめようと考えていた。(中略)娘のムコを将来、政治家にするなどという考えは、まったくありませんな」(「週刊文春」六九年五月十九日号)
 しかし、直紀氏は、それから十四年後の八三年に国会議員になった。また、脳梗塞で倒れた角栄氏は八九年に引退表明を行ったが、その直後、真紀子氏は次のような文章を書いている。
「これまでの生涯を通じて、私自身が議員になり度いというような考えは、かりそめにも抱いたことは無く、今もその気持に変わりはありません。そして、これからも自分の気持に忠実でありたいと思っております」
 真紀子氏はその四年後の九三年に代議士となった。
 こうした事実から、小誌は、現在の長女やその配偶者の意思とは関係なく、彼らが将来、田中家の後継候補となる可能性があると考えた。また、長女の結婚については、小誌以外にも当時、複数の週刊誌や新聞も長女の実名で報じている。
 そして今回、小誌は、そのときの記事の「続報」とも言うべき長女の私生活に関する記事を掲載し、出版禁止の命令を受けた。
 真紀子氏の長女は、十九日に発表したコメントの中でこう書いている。
「今回の場合は私たち個人に対してあまりに悪質で意図的なプライバシー侵害がありました。今回の取材は明らかにプライバシーを侵害しているので取材や雑誌への掲載を中止するよう申し入れてきた」
 長女が主張するように、小誌の取材に「悪質で意図的なプライバシー侵害」はあったのか。
 小誌記者は三月に入って、長女の私生活におけるある出来事を知り、三月十一日に取材チームを作った。この時点で、その出来事が事実かどうかはわからなかった。また、この出来事の詳細が、長女のみならず、その出来事のもう一方の当事者であるA氏の「プライバシー」に関わる問題であるということも認識していた。
 それゆえに、小誌はまず当事者であるA氏本人に、それが事実であるかどうかを確認するべきだと考えた。
 三月十三日、小誌記者がA氏の自宅を訪れた。受付からの内線電話で週刊文春の記者であることを名乗ると、A氏は「お断りします」と言って、記者が取材趣旨を伝える間もなく、電話は切られてしまった。その直後、記者はA氏の自宅に電話をかけるが、留守番電話になっていたので、取材趣旨を吹き込み、再び自宅を訪れた。だが、受付を通して記者と会いたくないというA氏の意向を告げられた。
 これ以前に、記者はこの出来事について第三者に告げる取材はしていない。また、真紀子氏の長女についてはその所在がわからず、本人に直接取材を申し込む術を持っていなかった。

「公人」と「私人」とのグレーゾーン

 当事者に話を聞くことができないために、記者はこの出来事を知っていると思われる、長女とA氏に近い人に限って取材を試みることにした。例えば、なにかの名簿をもとに、無差別に取材をするということは行っていない。通常の取材活動と比べると、取材範囲を極力狭めている。言うまでもなく、二人のプライバシーに配慮したからである。
 そして、A氏に接触した同じ日のうちに、A氏の両親に別の記者が取材を行った。両親への取材で、記者はその出来事が事実であることを確認したが、その詳細についてははっきりとしたことはわからなかった。
 その翌日の十四日、記者の携帯電話に長女の代理人から電話が入り、長女は全くの私人であり、取材活動と記事掲載は長女のプライバシー侵害にあたるので、止めるようにと申し入れがあった。午後一時過ぎには、同趣旨の「抗議書」が編集部にファクスされた。
 編集部では対応を協議し、その日の午後十一時頃に「抗議書」への返答を代理人にファクスした。
 そこでは、長女の祖父は元首相であり、母親は前外務大臣、父親は現役の参議院議員であり、長女が全くの私人であるとは考えていないこと、長女やその配偶者は田中家の後継者になる可能性のある人物であることなどを述べ、長女本人にも直接取材をさせてほしいという依頼を行っている。
 また、A氏に対しても、引き続き、記者が取材趣旨を書いた手紙を自宅に届けるなどして、話を聞かせてほしい旨の申し出を行っている。こうした取材の過程で、小誌記者が「悪質で意図的な」取材を行ったという事実はない。
 そして、三月十五日には、長女の代理人とA氏の代理人のそれぞれから記事掲載を止めるよう求めるファクスが編集部に届いた(同様の内容証明が翌日に編集部に到着している)。
 この日、編集部では確認した事実に基づき、記事を作成したが、二人のプライバシーには極力配慮するようにした。二人の私生活における出来事の事実は書くが、その詳細には触れない。二人の名誉を傷つけるような記述や、人格面や評判などへの否定的な見解については触れないようにした。
 そして、雑誌発売前日の十六日に長女とA氏がそれぞれ東京地裁に対し、プライバシー権の侵害があったとして、出版禁止を求める仮処分命令の申立を行ったのである。
 文藝春秋に裁判所に出頭するようにとの通知書が届いたのは午後一時前後のことで、午後四時半から両者を呼んでの審尋が行われた。
 今回の出版禁止事件を巡っては、事前に長女側が小誌記事を入手していたかのように報じるものもあったが、小誌はその事実を確認していない。一時中断し、午後六時から再開された審尋の場で、異例のことではあるが、文春側から発売前の雑誌を裁判官と長女側に見せたのである。
 文春側は、記事が長女側のプライバシー侵害にはあたらないこと、その段階で雑誌の印刷は終了し、その大半が既に出庫されており、出版禁止をしても効力がないことなどを主張した。しかし、文春側の主張はまったくいれられないままに、午後七時四十五分、出版禁止の仮処分命令決定が送達されたのである。
 文春側は十七日に異議申立を行ったが、地裁は十九日にこれを却下し、原決定を支持する決定を下した。文春側は不服として、二十日に東京高裁に抗告した。
 言論の自由を揺るがせにし、事前検閲の復活にも繋がりかねない出版物の事前差し止めには、厳格な要件が必要であることは言うまでもない。八六年の最高裁判例に従えば、事前差し止めの要件には、「その表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であること」と「被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがあること」の両方が必要なのである。
 今回、東京地裁は十九日の決定で真紀子氏の長女を「政治家の親族であることを前提とした活動もしておらず、純然たる私人として生活してきた」と述べており、「私人」であるという理由のみで記事の公益目的性を否定している。
 一般的に、あらゆる報道において、「公人」と「私人」を厳密に線引きすることはできず、そこにはいわばグレーゾーンのような領域があると小誌は考えている。小誌は長女が「純然たる私人」とは考えていない。
 第一に、政治家の子弟を「純然たる私人」とすることに違和感を覚える。日本の政治家には、二世や三世と呼ばれる世襲政治家が多い。現職の代議士のうち、基本的に世襲がない共産党や公明党を除いた四百三十四議員のうち、本人又は配偶者の三親等内に政治家の親族を持つ者は二百一人おり、約四六パーセントに上る。最近では、親族を公設秘書に採用することの是非を巡って、国会やマスコミで大きく議論されてもいる。
 また、閣僚の資産公開では、配偶者や扶養する子供の名義のものを含めた資産の公開が義務付けられている。この制度は、八三年に田中角栄氏がロッキード事件で東京地裁から懲役四年の実刑判決を受けたことをきっかけとして、翌年からスタートしたものである。当初は本人名義だけだったが、八九年のリクルート事件を機に、一定範囲の家族名義のものについても公開が義務付けられることになった。一般的に、資産とは個人の重大なプライバシーの一つだと考えられる。閣僚は家族のそうしたプライバシーをも公開しなければならないのである。
 また、田中真紀子氏の長女が「純然たる私人」ではないと考える理由の一つに、彼女が「田中家」という日本の政治家一家の中でも特段に注目度の高い家族の一員であることが挙げられる。それはなにも彼女が田中家の後継候補となりうるというだけの理由ではない。
 例えば、日中国交回復二十周年を記念して、九二年八月に田中家が中国から招待を受けた。既に政界を引退していた角栄氏と妻の故はな氏、「一主婦」だった真紀子氏と落選中だった直紀氏、そして三人の孫の計七人が訪中している。当時、この七人の中に現役の政治家は一人もいなかったにもかかわらず、角栄氏らは江沢民総書記や李鵬首相、王震国家副主席に面会しているのだ。このとき、同行した長女はまだ高校生だった。
 その一年後、真紀子氏が前言を翻して総選挙に初出馬した際には、投票日前日に長女と次女が地元・長岡を訪れて、真紀子氏の選挙運動に同行してもいる。
 さらに一年後、科学技術庁長官に就任した真紀子氏は、オーストリアへの一週間の外遊に、大学に進学していた長女を同伴している。九四年九月のことだ。

憲法問題にも関わる重大な決定

 当時の記事を引用する。
〈真紀子長官は、人目につかぬように長女を同行していた。最後にゲートをくぐる時、クルリと後ろを振り向き「早く」と手招きすると、それまで距離を置いていた関係者の列の中から、長女が飛び出してきた。
 かつて故田中角栄は「真紀子よ。お前には世界中の国を見せてあげる」と言って外遊のたびに真紀子さんを同行した。長官自身も「そのころの経験が今に役立っている」と言う〉(「日刊スポーツ」九四年九月十八日付・原文は長女の名を記載)
 これらの長女の行動は、「政治家の親族であることを前提とした活動」ではないのだろうか。
 さらに言えば、九八年一月、新潟県・西山町に田中角栄記念館が仮オープンした際の記念式典に、真紀子氏と直紀氏とともに、大手新聞社に勤務していた長女と高校生だった次女が出席している。記念館は、角栄氏の業績を讃えるために越山会の元会員や企業から約二億円の寄付を集めて建設されたもので、田中家が私的に作ったものではない。
 田中角栄氏は「日本列島改造論」という美名のもとに、利権構造という副産物を日本全国にあまねく広げ、自身もロッキード事件という戦後最大の疑獄事件で逮捕、有罪判決を受けた。
 その角栄氏が地元新潟に作った地盤は、かつて「田中王国」と呼ばれ、地元に越後交通や長鉄工業といったファミリー企業を持つ田中家の政治家が、これらを私物化してきたことはあらためて言うまでもない。
 真紀子氏や直紀氏がファミリー企業の社員を駆り出して選挙運動を行い、公設、私設を問わず、多くの社員を秘書として酷使してきたことは、小誌がこれまでも再三指摘してきた。少なくとも、田中家の政治家がこれまで公私を厳格に峻別してきたとは到底言えない。
 もちろん、小誌記事が長女のプライバシーを侵害したかどうかについては、別稿で様々な論者が述べているように大いに議論があるところである。今回の記事が興味本位な作りだったのではないかという指摘にも真摯に耳を傾けたい。確かに、今回の記事だけを読めば、長女の私生活に関する出来事をクローズアップしたという印象を与えたかもしれない。だが、田中真紀子氏の政治家としての資質を問い、後継問題にも関連する田中家という政治家一家の動静を知るために小誌が報じてきた多くの記事の中の一本として読めば、単に新たなニュースを報じただけという一面もある。
 それでも長女がプライバシーを侵害されたとするならば、小誌も誠意を持って話し合いを行いたいと思う。
 小誌は、今回の出版禁止事件の本質は、文春対田中家とか、文春対田中真紀子という図式で語られるべきではないと考える。
 今回の事件は、裁判所がプライバシー権の侵害を理由に、出版物の事前差し止めを初めて認めた事件なのである。また、連載小説やエッセイを初め、多くの記事が掲載される週刊誌の発行自体を事前に禁じるということは、当該記事以外の言論の自由をも制約する極めて重大な決定である。
 そうした憲法問題にも関わる重大な決定を、たった一人の裁判官が短時間で下してしまったという事実にはやはり慄然としてしまう。
 小誌は今後もこの問題について誌面で大いに議論を行っていきたい。また、今回の事件は、報道に携わるすべての人々にとって、揺るがせにできない重大な問題を孕んでいる。新聞やテレビなどの大手マスコミはもちろん、すべての国民に関心を持って議論に参加してもらいたいと思う。