英首相ウィンストン・チャーチルは、八十歳にしてなお首相だった。親友の一人が「そろそろ後継者に譲ってはどうか」と言うと、チャーチルは一瞬考えてから答えた。「そうだな。イーデンも、いつまでも生きてるわけではないしなあ」。
四〇パーセント以上の支持率を保ちつつ五年五ヵ月の首相職から退いた小泉純一郎は、六十六歳で「いまがそのときだ」と感じた。
まず電話で、同じ派閥だった森喜朗に政界からの引退を、「次の選挙には出ない」と念を押して伝えた。それがニュースとなって新聞に出て、サプライズの小泉劇場の閉幕のと陳腐な記事が出た翌日の晩には、地元・横須賀で「お別れのあいさつ」の会を開いて後援会に長年の支持を感謝した。挨拶の最後に、後継者として次男・進次郎(27歳)を壇上に招き「私の親バカぶりをお赦しいただきたく」と断って後援者に引き合わせた。順序正しい出処進退の段取り。なんだか「古式通り」という感じさえした。
彼が辞めた第一の理由は年齢。だが理由の第二は、政界というところのツマラナサであろう。
小泉は寸暇を惜しんで歌舞伎を見にいった。コンサートにも行った。バイオリンの種類について一家言あった。展覧会にも行った。すべて政治的訪問ではなく、自分が好きだから見にいった。好みを持っていた。
そういう芸術世界の醍醐味を知ってしまうと、政治というものが徐々に色褪(あ)せてくる。面白くなくなる。権力と利権、恩着せと裏切り、自負と嫉妬、沽券(こけん)と空威張り、崇高な言葉と下劣な実際行動等々が入り混じった、酒のほかに潤いの全くない政治の世界である。面白いが、人の内面に無関係な砂漠である。政治以外に何も知らない政治家が政治を操り、同じほど無知な政治部記者がそれを囃(はや)し立て、国家国民の大事を決めている。気が確かな者なら、誰でも脱出したくなる苦界(くがい)。
後援者への挨拶の中で、小泉は「率直に言うと今は感謝とホッとした気持ちの両方です」と言った。内心は感謝三分にホッとが七分くらいではないか。世の中には「次の総選挙は最終決戦だ」「解散を一刻も早く」と叫び続け、だんだん人間より般若か修羅の形相になってきた政治家もいるが、小泉は心の芯(しん)からホッとすることのできた、今の日本には珍しい退職者の一人だろう。